音の記憶 (2002/10/25)

 
 今回は拉致事件について。 ただこのテーマは非常にヘビーな話題なので、あまり触れたくはない。ただ一点どうしようもなく動揺したことがあるので、そこの点だけに絞って話を進めてみたい。

 ある日、何気なくカーステレオのスイッチを入れると、そこから流れてきた曲は、ピンクレディの「UFO」だった。懐かしさとともにハンドルを握る手がいつの間にかUFOの振り付けになっていたりした。右手を後頭部に持っていきキュイとあげたりする。電波の具合が悪く、雑音混じりに聞くUFOは、AMラジオで聴く紅白歌合戦のようで妙に郷愁をそそるものだった。曲が終わって、女性の説明が続く。なんとこの曲は1978年の日本レコード大賞受賞曲だった。24年前。拉致事件の年。ピンクレディがテレビに登場するのを待ちわびて、いつもテレビの前で踊っていた妹の姿が
、リアルに蘇る。

 24年前の拉致。毎日トップで扱われるニュースを見たり、雑誌や新聞の記事を読んでいても、24年前の重みは妙に他人事だった。あまりにも悲惨すぎる事件は私にはどうしようもなく、ニュースを見ては憤慨したり、怒ったり、涙をぬぐったりするものの、私個人が解決できるはずもなく、お茶の間でニースを見るより他に手立てはなかった。それは同情にも似た、あくまでも他人行儀な出来事だった。そこへピンクレディの歌声が、ガツンと響き、等身大の24年前が再現されてしまった。事件が急に身近に感じられ、どうしようもない憤りが皮膚を突き刺してくる。

 音の魔力だ。音の記憶が、被害者の時間に重なり、その「時」を共有した。逆戻りできない「時」の流れの残酷さが重く背後にのしかかる。「音は世につれ世は歌につれ」などと言われるが、ピンクレディという、そんなあどけない音の記憶が、24年の歳月を一瞬にして蘇らせ、決して戻ることのできないやるせなさを引き起こす。日本中がUFOの振り付けを真似していた頃、ある家族には悲劇が待ち構えていた。私にとってUFOは24年前のヒット曲に過ぎないが、彼らにとっては日本の最後のヒット曲なのかもしれない。翌々年に田原俊彦がレコード大賞新人賞に輝いたことも彼らは知らないのだろう。

 UFOという歌に刷り込まれた記憶。それはテレビの前に釘付けになった頃の記憶だけではなく、学生時代や社会人になりカラオケでUFOを歌いながらも誰もが振りを間違えない驚きと共感が、蘇る。ラジオから流れてくるこの歌には、どんなに説得力のある文章もリアルな映像も追いつかないだろう。

 ああ。やっぱりこのテーマは重過ぎる。この先を書き進めるには忍耐が必要だ。今のところそんな忍耐は持ち合わせないので、ここらで筆をおいてしまおうっと。


 おしまい


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