お雛さま (2004/03/05)

 
 ブルゴーニュ合宿を終えて、我が家の一部が変わっていた。

 数年前に嫁いだ妹の部屋に、「雛飾り」があったのだ。もう○十年前のものだから相当古くはなっているが、手入れも行き届いていて、上品なお雛様がベッドと洋服ダンスの間で窮屈そうに並んでいた。最初に旅の荷物をその部屋においた時には、ああそろそろ雛祭かあ、程度にしか思わず、ちょっと部屋が狭くなって不便かも、と今思えば非常に気恥ずかしい感想を抱いてしまった。

 私はある夜、荷物の整理をしようかと思って部屋に入り、雛人形をみて、一瞬の間をおいて足が止まった。

 この雛人形は、いわゆる七段飾りという立派なもの。三人官女や五人囃子はもちろんのこと、太刀持ちから下足持ち、牛車までフルラインナップで揃う立派なもので、作は楊林斉宝月とある。昔は雛祭の度にこの人形と遊んで、お内裏様と五人囃子の誰かと順番を代えたり、お侍さんが持っている刀でミニチュアのちゃんばらごっこをしては刀を曲げたりして、妹を泣かせたりした。あれからずいぶん時が流れたなあ。懐かしいなあ。それにしても綺麗な顔立ちだなあ。いい感じだなあ・・・。そして、ふと思った。

 妹が嫁いでもなお、毎年雛飾りがあるとは、どういうことなのだろうか、と。

 あああ。私の心に衝撃が走る。毎年、母はこの時期になると屋根裏部屋にしまってある幾つもの箱を取り出して、レールを組み立て、赤い敷物を敷いて、人形一つ一つに、弓矢や小太鼓などの小道具を持たせ、雛人形を美しく、綺麗に飾り、菱形の雛あられまで用意しているのだ。結構手間もかかり、細かい作業にもかかわらず、毎年妹の部屋に飾られる雛人形を見るとき、陽の当たるこの部屋で、妹の成長やら何やらを思いながら雛人形を飾る母の姿が鮮明に浮き上がり、何ともいえない愛おしさと、ちょっと言葉で表現するには、気恥ずかしい思いが込み上げてきた・・・。

 「親の心、子知らず」という言葉も頭に浮かび、この情景にさだまさしのメロディと歌詞が被ってくると涙腺も緩みっぱなしになるが、両親に改めて感謝するとともに、今夜は雛飾りの下で、お酒を飲みたい気分だったりもする。こういうときは、ワインじゃないなあ。焼酎かな・・・。むにゃ、やはり日本酒だろう。酔うほどに・・・。

 そういえば、終盤戦を迎えた「白い巨塔」にも同じ源が根底にあるような気がしたりする。


おしまい

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