名門 ジョルジュ・ルーミエにみる内外価格差の現状


 ブルゴーニュワインの中でも日本で特に人気があるのが、シャンボール・ミュジニ村に本拠地を構えるドメーヌ・ジョルジュ・ルーミエだろう。レザムルーズやボンヌ・マールなどブルゴーニュでも有数の銘醸畑を所有し、若き当主クリストフ・ルーミエの二枚目ぶりも影響してか、日本でも一本2万円を超える価格で取引されている。

 そのルーミエの看板ワインは特級ミュジニである。作付面積は0.0996haで、年間生産量はわずかに2樽分の600本しかない希少ワインの代表格。世界一のロマネ・コンティでも平均6000本は生産されているので、ルーミエのミュジニが如何に少ないかがわかる。このワインの人気は凄まじく、日本での入手は極めて困難で、たまにネット上で見かけても一本12万円(2000年ビンテージ)やら16万円(1999年ビンテージ)など、天文学的とまではいかないものの、常軌を逸した価格で取引されているようだ。凄い価格である。およそワインの価格とは思えないが、実際にその金額でも取引は成立しているようなので、なんともかんともではある。まさにルーミエのミュジニは価格よりも存在自体が希少なのであり、それを欲しい人には金に糸目をつけさせない魅力があるのだろう。

 ルーミエのミュジニのようなワインは、俗にプレミアムワインと呼ばれている。私も実際にそのワインを東京、パリ、ボーヌなどで探したことはあるが、結局見つからず、インターネットで探してみても、10万円を常に超える価格のため指をくわえて眺めているしかなかったりする。しかし、昨年秋に2001年ビンテージをバレルテイスティングさせてもらう機会に恵まれ、なるほど、金に糸目をつけない理由もわからんでもない味わいだった。

 ところで、そのミュジニであるが、2001年ビンテージのドメーヌ蔵出し価格はいくらだろうか。
 その価格を知れば、ブルゴーニュのワインの価格についてその謎も解けるかもしれない。

2000年のエチケット

 ドメーヌ・ジョルジュ・ルーミエの特級ミュジニは毎年平均で2樽分の600本がリリースされている。ドメーヌに行くと貰える資料によれば、2001年ビンテージのミュジニのドメーヌ蔵出し価格は、83.61ユーロである。1ユーロを140円で計算すれば、約11,721円になる。フランス国内で飲む場合は(おそらくそんな奇特な人はいないと思うが・・・)、これに消費税19.6%が加算されるので、100ユーロ(14,000円)ということになる。これは安い。(あくまでも相対的にということで・・・)。実に国内10分の1ではないか。これは成田エキスプレスと格安航空券とTGVを乗り継いで一路ブルゴーニュへ。

 ゼンハ、イソゲ
 

 しかし、物事はそう甘くないようだ。まず第一にドメーヌ訪問自体が困難を極めるからだ。天下にその名がとどろくルーミエでさえ、ブルゴーニュのご多分に漏れず、他の地方と比べてはるかに小規模で、当主のクリストフ・ルーミエは妹のドルフィン・クルト・ルーミエ(笑顔が素敵な、非常に親切な女性である)と共に家族経営的にドメーヌを運営している。彼らは非常に多忙なのである。畑仕事や他の仕事の邪魔をしてはいけないのがまず第一点。

 そして第二の問題として、仮に運良くドメーヌを訪問することが出来たとしても、ドメーヌにはミュジニの在庫がないということだ。発売前から従前の取引業者と販売数量が決められていて、まったく、これっぽっちも、一本もミュジニは残っていないのだ。瓶詰めと同時に全世界に出荷され、瞬く間にドメーヌのセラーからなくなってしまい、空き瓶すらない状況だ。

 どこか売っている店を紹介してと懇願しても、その店にすら在庫はないはずよ、とつれない回答しか得られない。もちろん電話やファックスで是非に一本分けてくださいとお願いしても、日本人なら日本の代理店の連絡先を教えてくれるにとどまってしまう。そう。ワイン自体がないのである。年間600本しかないワインを世界中のワイン愛好家が、金に糸目をつけずに捜し求めるものだから、ドメーヌにさえ在庫がなくなってしまうのだ。

 ところでボーヌ某所の数あるワインショップの中に、ルーミエを扱う店がある。競売会の時に訪れ、私も1999年の村名シャンボール・ミュジニをメリーゴーランドの前で楽しんだ記憶が鮮明で、今なお喜びに包まれるが、そこの女性店主によれば、このボーヌの店ですらルーミエのミュジニの割り当てはなく、同じ特級のボンヌ・マールでさえ年間6本しか仕入れられないという。「6本じゃ商売にならないわよ」とマダムの嘆きが今も耳の奥に残っていたりする。マダムの嘆きに見られるように、如何にルーミエが品薄で、その人気爆発さ加減も分かるというものだ。折りしもその店で買ったと思われる日本人とメリーゴーランド前で、すれ違ったが、誇らしげにルーミエのワインを持ち歩く姿が(手提げ可能な6本入りのセットは外からエチケットが見える構造になっている。こちら側から拝見できる3本は全部ルーミエだった。村名と1級かな)、なんともうれしそうだった。

 そんなわけで、ジョルジュ・ルーミエのミュジニはプレミアワインの代表格とされ、特に特級ミュジニに全世界のニーズが殺到している。金の問題ではなく、存在の問題。入手できるのなら、いくらでも払う。需要と供給のバランスが価格を決定する最大の要因だが、そのバランスが日本円にして10万円の大台半ばで安定してしまっているのだ。10万円以上出してまでルーミエのミュジニを買う人がいるのだから、価格は当然10万円を超えてしまう。これは、おそらく10万円を1000円感覚で使える人と、100円を1000円感覚で使う人との決して交わることのない経済感覚なのだろう。どちらが幸せなのかは分からないが、これが資本主義経済の現実なのだから致し方ない。

 ルーミエのミュジニを巡る冒険は決して止むことはないが、ふと思えば、鮑の金額にも相通ずるものがあるように思われる。天然モノの鮑は、そういえば原価は無料なのだ。それを獲るためのコストや輸送コストを抜きにすると、鮑の仕入れは0である。しかし、漁業権の問題や捕獲の困難さや、それに伴う希少価値によって、高級鮑市場が形成されているのだ。ミュジニに似ているぞ。

 しかし、ルーミエのミュジニは天然ものではない。畑の手入れがあって、醸造がある。一概に比較は出来ないが、ひとたびドメーヌを離れたミュジニというワインは、いくつかの(またはひとつの)業者を転々としながら、10万円以上出してでも、それを欲する人のセラーに行き着くことになる。それはあたかも銀座あたりの超高級寿司店の鮑の「時価」に似ているのではなかろうか。(銀座の超高級店に行ったことはないので、あくまでも推測であるところが辛い。またはそれで幸せ?)

 ルーミエのミュジニ。
 
 それはブルゴーニュの憧れであり、同時にブルゴーニュの現実を垣間見せるワインなのである。


以上




HOME

Copyright (C) 1988-2003 Yuji Nishikata All Rights Reserved.