エマニュエル・ルジェ
Vigneron : Emmanuel ROUGET
ヴィニュロン : エマニュエル・ルジェ
本拠地 : フラジェ・エシェゾー村
看板ワイン : ヴォーヌ・ロマネ1級クロパラントーなど
特徴 : 神の手を持つ男アンリ・ジャイエの後継者
備考 : 希少品

はじめに
 国道74号線をジュブレ・シャンベルタン村から南下して、ちょうどクロ・ド・ヴージョ手前の交差点を左折すると、フランス国鉄SNCFのヴージョ駅を見下ろす陸橋に出る。いつ停まるとも知れない無人駅であるが、フランスの田舎の佇まいを見せるその駅の反対側には、一面の菜の花畑が広がっている。菜の花はマスタードの原料になるという。そう、ここは世界筆頭のワイン産地であると同時に、マスタードの大産地でもあるのだ。菜の花畑は国道の東側に点在し、春先ともなると一面が黄色に包まれ、それは穏やかな風景が展開されているようだ。咲き乱れる菜の花を左手に見ながら、ブルゴーニュ魂的に目指すは一路、シトー派修道院の総本山・シトー修道院(Abbeye de Cîteaux)、ではなく、その手前の、今はホテルとなっているシャトー・ド・ジリー(Château de Gilly)でもなく、神の手を持つ男アンリ・ジャイエの後継者 エマニュエル・ルジェ その人なのである。いまこそフラジェ・エシェゾー村にある彼の醸造所を(歩いて)訪ねるのだ。

地方の交差点はぐるりと回転するタイプ 日に一度も停まらないのではなかったっけ ちなみに青森県下北半島の横浜町も菜の花の名所です。
左折して振り返ったところにある看板 SNCF ヴージョ駅 菜の花畑の向こうの斜面は、コート・ドール


ここにも犬がいる
 フラジェ・エシェゾー村は、特級グラン・エシェゾーと特級エシェゾーを有しながら、ワイン的にはAOC上のアペラシオンを持たないために隣村のヴォーヌ・ロマネを名乗る目立たない村である。村の中心地は特級グラン・エシェゾーやおなじく特級畑のエシェゾーがある辺りではなく、畑があってもACブルゴーニュしか名乗ることが出来ない国道の東側の平地に位置している。村の中心地(と呼べるほどの規模ではないが・・・)は、シャトー・ド・ジリーの裏手に広がっている。ここは国道74号線からも相当離れていて、また間に別の村があることもあって、(徒歩にとっては)非常に探しにくい場所だったりもする。目的のエマニュエル・ルジェの醸造施設もこれまた目立たないところにあり、番地を告げる番号が門に書いてあるだけで、その名を記した表札などはない。

 ヴージョのバス停からのんびり歩いて小一時間。ようやくたどり着き、時間調整のため近所の芝生で休息を取りつつ、約束の時間にルジェ宅を訪問する。しかし、返答はなかった。門に呼び鈴はついておらず、「ボンジュール」と呼んでも回答はないのだ。返答がないときに限って、庭には何かがいる。そう、それは犬。この艶のいい黒くて大きい犬の種類など知る由もなく、いつものごとく小石を無難な場所めがけて投げ入れようとすると、犬と目が合ってしまい、硬直状態が続いたりする。建物の中からは、瓶詰め作業をする音がこだましていて、中に人の存在は確認できつつも、犬がいるので中には絶対に入れないのだった。「吠えろ。」犬に向かって後ずさりしながらお祈りすると、しばらくの間を置いてようやく吠えてくれた。「やった。」これで建物の中の本人に私の到着を知らせることが出来る。


エマニュエル・ルジェという男
 2000年のエシェゾーの瓶詰めを中断して、エマニュエル・ルジェが現れる。気持ち赤ら顔の表情は強張っていて、ちょっと不機嫌かと思いきや、がっちりと握手したときの微笑が私をほっとさせるのだった。多忙のなか時間を割いてもらって恐縮しつつ、早速バレルテイスティングへ。ルジェ訪問は今回で2回目。数ヶ月前の前回の訪問が印象的だったためか、私の訪問を覚えてくれているところがうれしかったりもする。一部の雑誌ではカーブのなかはガラスの破片が散乱し、良くぞこんなところで世界最高のワインが造れる云々と紹介されているが、今はそんなことはなく、綺麗とまでは言いがたい(注)が、散乱するといった状態ではなかった。

 また一説に流布したアルコール中毒説の真相はどうなのだろうか。残念ながらというべきか、至極当たり前というべきか、私は本人に直接「あなたはアルコール中毒症を患っているのですか」という質問はできなかった。しかし彼の真摯な応対と、きびきびとした仕草、そして何より造られているワインが、そんな風評を完全に否定していた。アル中の人間が、これほどまでに官能的なワインを造り上げることは想像に難しく、また私はアルコール中毒症のイメージを、中島らもの「今夜、すべてのバーで」(講談社文庫) でしか確認していないが、私はそれを強く否定するものである。エマニュエル・ルジェはテイスティングの時は、自らは口に含まず、私のテイスティングコメントに、時ににっこりと、時には厳しい表情で的確な助言をしてくれたりするのだった。言葉も正確で無駄はなく、異国の訪問者にも親切に自身のワインを説明する姿は、アルコール中毒からは程遠い状況だった。なぜアルコール中毒という噂が広まっているのか。一部の心もとない人たちの風聞が、なんとも寂しいこの頃だ。

 エマニュエル・ルジェはある意味、不器用な男かもしれない。無駄口はたたかず、必要最小限の言葉しか発しないこともあるし(私のフランス語に難があるという説もあるが・・・)、クロパラントー1999のエチケットの在庫が切れて、せっかくボトリングしたワインを出荷できなかったり、「何度かけても電話に出てくれなかったですよね」という問にも、「まあ忙しいからね」というつれない返事しか返ってこないからだ(事実、彼に日中電話してほぼ100%留守番電話に切り替わる)。しかし、これも偏見かもしれない。人を雇わず黙々と一人きりでカーブの中で作業をする仕草が、個人的に、「不器用ですから」と語るスクリーン上の高倉健の姿に重なり、そう思わせただけかもしれない・・・

 電源が入ったままのボトリングマシーンを停止させて、地下のカーブに降りていく。階段を降りたところに山積みされているプラスチックケースにはアンリ・ジャイエのワインのエチケットが貼られている。アンリ・ジャイエの後継者は、畑だけではなく、醸造グッズも同時に引き継いでおり、アンリ・ジャイエが使っていた道具を今もなお、そのまま使っているのだった。そんな貴重なエチケットを、恥ずかしそうに剥がそうとするルジェに、「すばらしいのでぜひそのままにしておいてください」とリクエスト。しぶしぶ剥がすのを止めてくれながら、ルジェは不器用だが素敵な照れ笑いをするのだった。

 そしてテイスティングは始まった。新樽比率は1級以上は100%で村名は50%。清澄も濾過もしていない。畑仕事はビオではなく、必要に応じて化学肥料等は使用しているという。


ワイン

さてエマニュエル・ルジェの造るワインは次の通り
ワイン 畑の場所
サビニー・レ・ボーヌ 国道74号線に程近いLes Planchots du Nord レ・プランショ・デュ・ノー
ニュイ・サン・ジョルジュ ヴォーヌ・ロマネ側の2区画をブレンド(少量のため)
 Aux Lavieres オー・ラヴィエール
 Au Chouillet オ・シュイエ
ヴォーヌ・ロマネ ヴォーヌ・ロマネの5つの区画をブレンド
 Les Barreaux レ・バロー(クロパラントーの西隣)
 Les Ormes レ・ゾルム(国道74号線に接している)
 La Riviere ラ・リビエール(同上)
 Vigneux ヴィニュ (スショとレ・ゾルムの間)
 Les Jacquines レ・ジャキーヌ (レアとラリエールに挟まれたところ)
ヴォーヌ・ロマネ1級ボーモン 一級スショの西側
特級エシェゾー 一級シショの隣の2区画をブレンド
 Clos St Denis クロ・サン・ドニ
 Les Cruots ou Vignes Blanches レ・クルー又はヴィーニュ・ブランシュ
ヴォーヌ・ロマネ1級クロパラントー 畑はもう一人の所有者メオ・カミュゼと分け合っている
 ブルゴーニュ(在クーシュ村)やパストゥーグラン、アリコゴテもある(未試飲)。
 畑は自身ではパストゥーグランの畑のみを所有し、ほかはジャイエ家が所有。栽培と醸造をルジェが行なっている。

 今回は、2001年と2002年をバレルテイスティングしたが、個々については割愛しよう。全体をまとめてみると、ルジェのワインには予想を超えたサプライズ(驚き)と感動があった、ということになる。2001年のエレガントさも魅力的だが、特に2002年の濃縮感と力強さは目を見張るものがあり、それでいてエレガントな印象をキープさせるところが不思議なのである。比較的薄めのルビー色のワインは、格付があがるほどに存在感を増し、エレガントで上品になっていく。樽の中にある段階ですでにオーラを発する味わいは、全身の細胞を心地よく刺激し、彼こそアンリ・ジャイエの真の後継者であることを強く意識させるのだった。凄いぞルジェ、なのである。そしてすでにお気付きかと思うが、ルジェの看板ワインは特級エシェゾーではなく、ヴォーヌ・ロマネ一級クロパラントーである。その違いは、同時に両者を比較すれば一目(飲?)瞭然で、クロパラントーの独特の酒質と存在感は、ちょっと感動的で、それはルジェ本人も認めるところである。誰もが所有するエシェゾーではなく、格付こそ一級ながら、特級リッシュブールに接し、おじのアンリ・ジャイエによってロマネ・コンティとともに神秘的な畑と評価されるまでになったクロパラントーこそ、エマニュエル・ルジェを代表し、そのモチベーションの高さが、ルジェをスーパースターへと引き上げている。そしてこの神秘の畑から、これまた神秘的なワインを造ることで、他のアペラシオンにもルジェ節と表現したいオーラが発せられ、このヒエラルキーがまた心地よい官能的な世界を作り出しているのだった。

 今、ブルゴーニュにはBIOビオ(天然有機農法)の流れが勢いづいている。確かにBIOの思想には説得力がある。しかし、BIOではないルジェのワインもまた官能的な味わいを達成しているところが、思想理解の難しさを露呈しているかのようである。コート・ドールという奇跡の大地の恵みを、技法や哲学を異にする人たちが、それぞれにその最高の味わいを追求している。すばらしいといわずして、なんと言おうか。ルジェのワインは、どちらかの思想に一辺倒になることに、抵抗感を覚えさせる味わいだった。そして同時に、常に「最高」を引き出すための哲学や手法をそれぞれに知りたくなる衝動も走るのだった。

 今回はボトリング作業の合間を縫っての訪問で、少ない時間(貴重な!!)しか取れなかったが、異国の訪問者に最後まで親切に接してくれたエマニュエル・ルジェに大感謝なのである。彼のワインを大いに日本で楽しみたいが、まことに残念ながら、希少ゆえに高額で、少し手の届かないところに行ってしまっているのが残念で仕方がない。しかしアンリ・ジャイエの後継者として、世界の頂点に登りつめようとするエマニュエル・ルジェは、私を玄関先まで見送ってくれつつ、真摯にワイン造りを行う農民の目をしていたのだった。その優しげな瞳が、夕暮れ時に重なって、ちょっといい感じなのである。

 
注 綺麗なカーブの一例 (文中の綺麗さは、これらに比べると、という意味)
 アンヌ・グロはアンモナイトの化石を要所に配置し、間接照明を採用。
 デュガ・ピィも昔からの施設をそのままに、間接照明が美しい。
 ルネ・アンジェルは日本庭園の石庭を意識した造り。
 ルイ・ジャドやヴァンサン・ジラルダンなどは巨大で、かつ美しい。

  

以上

2003/08/13 (2003年春 本人へのインタビューを基に構成)

 


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