ブルゴーニュを歩こう 5

<シャンボール・ミュジニ>
 この村のワインは繊細な味わいのブルゴーニュにあって、特に繊細で女性的と比喩されている。何を持って女性的と例えるかは、議論が分かれるところであるが、ブルゴーニュを代表する村であることは確かである。力強さのジュブレ・シャンベルタン、妖しげで行きつく先のヴォーヌ・ロマネと比べられつつも、比べられることを潔しとしない個性がある。隣接するモレ・サン・ドニやヴージョとも異なる味わい。この村の魅力に気づいてしまったら、きっとそれは幸せのひとつの形である。
 この村は地図で見ると下を向いたカブトムシのようにも見える。角の部分がミュジニで、触角あたり、左目付近にレザムルーズ、右わき腹に村があり、お尻の羽にボンヌマールがあるといった感じである。


<代表的な畑>
 この村を代表するワインはふたつある。モレ・サン・ドニ村にまたがる特級ボンヌ・マールとコートドールを代表する斜面であり、この村の名前にもなっている特級ミュジニである。そして三つ目に上げられるのが、特級への昇格に最も近い畑・レザムルーズである。
 
 ボンヌマールは、繊細なこの村にあって異色な存在である。黒系果実味とその荒々しい味わいは、なぜこの村にこの畑があるのか不思議でもある。ルーミエやグロフィエのそれは非常に印象深く、ドメーヌ・ドーヴネのそれが飲みたくてしょうがないぞ。

 ミュジニはいい。気品にあふれ、繊細でふくよかなやさしさがある。例えは悪いが、まさに抱きたい女性。いい女。言葉にすれば下品だが、男なら誰もが持っているだろう女性への憧れに似た感情があるはずである。ブルゴーニュを代表する極上ワインのひとつである。ミュジニは区画がはっきりしていて、その特徴的な畑は遠くからでも容易にその位置を確認できる。夕暮れ時、ミュジニーの斜面に陽が残り、それは美しい光景である。浮かび上がるミュジニを見つめるその瞳には、ブルゴーニュとの出会えた感謝の思いが一杯のはずである。奇跡に出会えた悦びである。

 レザムルーズは日本語で「恋する乙女たち」。女性ととっておきの夜に飲むワインの筆頭格であり、その味わいは充分特級に比肩するが、やはり一級に留まると思う瞬間もあり、高値であるが非常に興味深いワインである。名は体をあらわすかのごとく、やさしい味わいだとする評もあるが、おおむね荒々しさが残るため、飲み方を間違えると期待通りの味が出ない。濃くって強いだけのワインになる危険があるのだ。その名に反して、飲み手の力量が問われるワインでもある。
 

<造り手の一例>
 この村を代表する造り手はなんと言ってもドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォグエである。ドリンキングレポートにはなかなか登場しないが、それはもっぱら入手経路と高値による。都内や横浜市内の各地に数多く陳列されているのに、今一つ触手が伸びないのは不思議な感覚ではある。某所には1978のミュジニがあるものの、ルロワのそれに比べると情熱が薄かったりする。ただし例外の特級ミュジニ・ブランはなんとか飲んでみたいものである。噂では相当高いらしいが、素敵な出会いに期待したい。ミュジニの7割近くを所有し、ボンヌ・マールとレザムルーズから極上のワインを造るらしい。畑の角にはヴォグエの門があり、記念撮影のポイントともなっていて、ブルゴーニュを旅した人のアルバムには必ず写っている。一人旅では門だけしか写っていないが、二人以上の旅なら門に寄り添う素敵な旅人がいたりする。

 ジョルジュ・ルーミエも極上のワインを造り出す。上記の極上トップ3畑を所有し、その味わいは村名クラスでも心震わすパワーがある。ただ、ドメーヌ自体は派手なシャトー・ド・シャンボール・ミュジニーの隣にあって、ずいぶん拍子抜けしそうでもある。クラシックな味わいはうまみ成分の塊で、やさしい色合いにして力強いワインを造り出す。ルーミエはいい。ブルゴーニュクラスのワインが常に自分のセラーにあったなら、きっと幸せだ。手を伸ばせばルーミエ。いいぞ。
 
 シャトー・ド・シャンボール・ミュジニにはドメーヌ・フレデリック・ミニレがいる。シャトーという白亜の城が、歩き疲れた旅人の目に飛び込んできて、おもわず圧倒される。ワイナート誌の表紙を飾るミュジニの代表格である。ドリンキングレポートに登場したときはそんなに見かけなかったが、今はよく目にする。
 
 そしてモレ・サン・ドニに本拠を構える(クロ・ド・タールの隣だ)、ロベール・グロフィエが極上のボンヌマールとレザムルーズを造り出す。特にレザムルーズは最大の所有者で、畑の石垣にでかでかとドメーヌ名を掲げ、遠くの道端からもよく見える。あそこがレザムルーズかとすぐ分かるのでちょっと便利な看板だったりする。ドリンキングレポートの常連で、ビンテージ毎の味わいを堪能したいドメーヌである。


<とっておき>
 かりに大金持ちのディナーに招待されたとしよう。ワイン好きのご主人に数千本にもなるワインセラーから「好きなワインを飲んで良いよ」と言われたら何を選ぶだろうか。ボルドーのオールドビンテージが積み上げられたセラーの一角に、ルロワのミュジニがあったなら、間違いなくそれを選びたい。ルロワのミュジニは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ所有のロマネ・コンティに次ぐワインと賞され、希少価値からすれば、ロマネコンティよりも上との評価がある。ロマネ・コンティやシャトー・ペトリュスはお金があれば手に入る。されどルロワのミュジニはない。いくらお金をつんでも、極少量しかこの星にはないのだから、買えるはずもない。ルロワのミュジニがそこにあったなら、遠慮せずガチっとボトルを握り締めたい。もう離さないよ。その光景を目にしたご主人の苦笑いはきっと「こいつ、いいワインを選ぶじゃねェか」とでも言いたげのはずである。そしてゆっくりと私に近寄り、握手を求め、その一瞬の隙を狙ってワインを奪い返し、セラーの手の届かないところに戻してしまうだろう。私の指紋をしっかりとエチケットに残しながら・・・。うう。いつか飲むぞ。


 レザムルーズの丘を降りてくると、泉がある。白鳥なんぞが優雅に羽を休めていたりするので、葡萄の木ばかり見てきた目の一服の休憩にもなる。この泉の隣の村こそ、ヴージョである。起伏のある斜面もここで終り、つかれた身体にはもう一度レザムルーズの畑に戻ろうとる体力はなかったりするから、ここまで降りてしまったなら素直に先を急ごうさ。


つづく


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