ムルソー夢の競演
試飲日 2002年05月26日
場 所    神奈川県内某所       
照 明 蛍光灯
種 類 フランス ブルゴーニュ地方AOC白ワイン
生産者 Arnaud Ente (Meursault)
Comtes Lafon (Meursault)
J.-F.Coche-Dury (meursault)
Vintage 1998
テーマ アルノー・アントは本当にコント・ラフォンとコシュ・デュリーと比肩されるべき立場にあるのかを検証するぞ
ワイン Meursault
 
<はじめに>
 
今回はスペシャル・テイスティングです。世間では新進気鋭のアルノー・アントについて、コント・ラフォンやコシュ・デュリーの背後を脅かす存在として注目されている。従来、ムルソーといえばコント・ラフォンとコシュ・デュリーが双璧で、他の追随を許さないまでの絶対的な位置にいたことは周知の事実である。そこに90年代後半に入ってこのアルノー・アントとミクルスキーが台頭してきているという。本当にアルノー・アントはすばらしいのか。単独で楽しめば確かにすばらしいワインであると認識できるが、いざ比べて飲むとなると、どういう立場にあるワインなのか。実際に1998年ビンテージの水平テイスティングで結論を出そうではないか。ちなみにコント・ラフォンとコシュデュリーは同じビンテージ、同じロットでの比較を10ヶ月前にも実施していて、アントは今年のお正月に違うロットを試飲している。


<試飲、その前に>
 「すばらしきヴィニュロンたち 金井麻紀子著 モデラート」によれば、著書の金井氏は98年から3年間ドメーヌ・アルノー・アントの収穫、醸造を手伝っている。いまや「マキコレクション」として業界での知名度も高まりつつある彼女は、同書にて1996年ビンテージの三者の比較試飲を紹介している。彼女は明らかにアルノー・アントのすばらしさを日本に伝えようとしている立場であり、私はどちらかというとアルノー・アントやミクルスキーの台頭は時期尚早、双璧と比べる位置にはないと思っている一人だ。彼女とはワインに対する思いは根底の部分で共通していても、その立場やワインを見つめる角度を異なる者として、アルノー・アントをどう見るか。今回の試飲は大変興味深いものだ。


<アルノー・アント>
 気持ち冷やして抜栓後INAOグラスへ。深みのある金色がずしりと輝いている。INAOグラスを口元に持ってくるだけで、深いブラウンハニー香、バニラ、熟したオレンジなどが強烈なインパクトと共にドカンと香ってくる。これはただ者ではないぞと、口に含む。濃いエキス分をずしりと感じ、ふくよかな重い味わい。しかし濃くって強いワインで終わらずに、上品なまとまりを感じさせるすばらしさ。果実本来が持っている酸が甘味を帯びていて、バニリンオークと重なり、心ときめく味わいだ。充実したうまみ成分と長い余韻。おっと、はっきり言ってすばらしい。ラストにアンズと微かなバター香を感じ、焦がし香が出てこない意外な終わり方に、新しいムルソーのスタイルを見る気がする。複雑な香り、奥深い味わいにアルノー・アントの強烈なメッセージがこめられているような、そんな思いが味わいから感じられる逸品だ。
 畑は50年古木のオルモーの区画から。2002年4月セラー蔵出。


<コント・ラフォン>
 アントと同じ飲み方。黄色の強い金色が輝いている。バニラ、焦がしたカラメルが上品に香る。やさしく目に染みるラフォン節のアロマだ。口に含めば、軽い入り口。さらりとした飲みごこちにして、うまみ成分が後からずしりとやってくる。この上品な質感が背筋をゾクゾクさせる。ふぉぉぉと溜息交じりに感激すると、鼻から上品なハニー香が漂ってしまう。いい。ワインに芯があるとすれば、まさにそこが最も充実している。ワインの潜在的能力の高さを証明しているようでもある。時間と共に樹脂を焦がしたような香りも登場してくる。しっぽりうまい。豊かな酸と絡み合う、うまみ成分。長い余韻。村名格にしてコント・ラフォンの王道を垣間見せるワインである。コント・ラフォンの1998には良い印象を持っていなかったので、村名にしてこのうまみは意外な悦びだ。


<コシュ・デュリー>
 アントとラフォンと同じ飲み方。輝く深い金色。プリンの頂上に揺れるカラメル香が、ハニー香、バニラとあいまって、ふくよかに、そして華やかに香っている。口に含めば硬いミネラルを感じる味わい。苦味と酸味が融合し、ワインに深みを与えている。唾も溢れだしふっくらとした味わいだ。ただ甘い華やかな香りに味がついてこず、波打つようなうまみ成分に少しだけ戸惑いを隠しきれない。コント・ラフォンの心棒の充実ぶりに比べ、コシュデュリーは表面的な華やかさに頼りすぎている嫌いがあるかもしれない。うまいよ。うまいんだけれども何か物足りなさをも感じざるを得ないのは、他のビンテージのすばらしさを知っているためだろうか。
 キュベ ナルボー No.5297


<まとめ>
 今回のワインを好きな順に並べると、ラフォン、アント、コシュ・デュリーの順になるだろう。この順番はコルクの質の順に重なる。すべすべで木目の細かいラフォンのコルク。それに決して劣らないアント。そしてなぜこんなに貧相なのだと目を疑いたくなるコシュ・デュリの肌触りの悪い穴だらけのコルク。コルクの差が味に影響したのだろうかと思わないでもないから不思議である。(この点は金井氏も指摘している。)
 
 それにしてもアントの強烈なインパクトと上品な仕上がりは正直ビックリである。一般受けするその味わいは、ムルソーの新しいスタイルを確立しているかのように見うけられる。それに比べコント・ラフォンは土俵の違いを見せつける。円熟味といえば良いのか。ラフォンはハイインパクトこそないが、全てにおいてアントに勝る味わいを醸し出す。エレガントな芯が違うんだ。そう納得せざるを得ない壁の存在。下司な例えが許されるなら、アントは音楽祭で優勝する新進気鋭のアーティスト、ラフォンはそれを審査する側の審査委員兼アーティストといった格の違いだろう。コシュ・デュリーは、当日のっぴきならない事情で審査会場に現れなかった審査員のような、そんな印象を受ける。余計分かりにくくなっただろうか。

 アントは両者と比べてどうか。両者で二分していたムルソーの栄誉に、アントは食い込めているのか。1998年だけで結論は出したくないが、アントのムルソーは明らかに両者と異なる味わいを醸し出す。新しい個性。今までひとくくりに決めていたムルソーの味わいに、新鮮な躍動感を与えようとしているような、そんな新しい風を感じる。ムルソーのひとつの形を造り出している点でアルノー・アントのワインにプレミアムがつくことは納得せざるを得ない。もう彼のことを若造呼ばわりする時代は終わっていることに気付くべきだろう。

 金井氏の著書を読んでいると、アントのワインへの情熱が伝わってくる。三者の中で最も貧乏なはずなのに、情熱は勝るとも劣らない。アントに特級畑を。ラフォンのモンラシェ、コシュ・デュリーのコルトン・シャルルマーニュに対抗できる畑を持ってもらいたい。そうすれば必ずやアントはブルゴーニュを代表する造り手の一人に躍進することだろう。醸造技術やワインへの情熱や資金量ではどうしようもない現実、それが畑。ワインは大地の恵みである。その恵みを形に変える情熱をアントは持っている。そんなアントに注目しない手はないだろう。

 今回の試飲は価格の安い順に行われたが、三者とも福沢さん一人では購入できない高値だ。もし複数の諭吉が懐にいて、三者のどれかに巡り合ったら、迷わず一本買い求めよう。どれがどうというレベルではなく、ワインが目の前に存在する事実を尊重したい。手が届かない存在になりつつあるものの、まだ何とか背伸びをすれば手が届く。ムルソー村名ならばまだ手が届く。出会いを無駄にしないためにも、アルノーアントは忘れてはいけない造り手の一人である。


左からアント・ラフォン・コシュ 同じ順でコルクを並べた。上質な二本に比べコシュ・デュリーは明らかに劣る
  

以上



目次へ    HOME

Copyright (C) 2002 Yuji Nishikata All Rights Reserved.