日々の思い 8

市川市内の放射線量

このページは、私の日々の思いを書きます。(多忙につき、わかりにくい文章と誤字脱字失礼いたします。) 3月の下旬より、近隣に放射線量測定所が無い為、ガイガーカウンターによる測定を開始しました。当時から今日まで、徐々に弱くなっているが、不条理にも言論封殺を臭わす空気が包んでいる日本。当時、近隣で誰も計測をはじめないのであれば、恥のかきついで、自分がはじめなければと使命感をもちデータを公開。ならば、ついでに自分の個人の思いをただ書きとめるコーナーも作ってみました。文章はわかりにくく、誤字脱字、無礼もあるかもしれません。ただ、素直に思ったことを書き留めておりますので、ご了承ください。(2011,9,18)


震災ガレキについて. その2   2012,5,23

原発立地県の某知事が、政府を批判しています。
要約すると、
『政府の基準を守って焼却しても、埋め立て処理場からは、基準値超えの排水が出てしまう。
事実、別の県の某市では、基準値超の放射性物質が検出されている。担当省庁も、周辺の環境が汚染されたと認めている。3.11以前は、低レベルであっても、放射能を環境に放出しない為、固形化し300年間封印であった。処分場も国内で一ケ所、今はそれを市町村がそのまま埋めている。危ないと考えるのは妥当。
基準値超えの排水が出てしまう件について、担当省庁に書面で質問をしているが、未だに回答は返ってきていない。担当省庁は、日頃から「丁寧に説明する」としているが、政府の基準が間違っているとは、口が裂けても言えないないということであろう。』

この方は原発立地県の知事なので、放射能にかなり詳しいようです。感情に流されない冷静な判断です。しかし冷静ですが、けっして冷たい人物ではありません。震災時には、真っ先に避難者を大規模に受け入れを決めた人物ですので。たぶん、原発災害に詳しいから、真っ先に避難者を受け入れ、政府の基準の矛盾を一早く指摘されたのでしょう。

現在、震災ガレキを受け入れを表明している自治体が多数あります。
もちろん、受け入れを表明している自治体の気持ちも十分わかります。同じ日本人同士助け合う事は当然であるからです。日本人なら真っ当な感情でしょう。しかし、今回は、どう考えても、政府の旗色は悪いのではないでしょうか。当然、安全なガレキなら、燃やしてもかまわないと思いますが。
しかし、その安全をどう確保するのか? 政府以上に賢く、慎重な判断をしなくてはなりません。

今回政府は、被災地への助け合い精神、親切心に巧妙につけ込み、先に挙げた科学的説明(「丁寧に説明する」)を避けています。

仮に、巧妙に騙され、震災ガレキ受け入れを表明したなら、
仮に、情報不足だが早期の被災地復興を願って、震災ガレキ受け入れを表明したなら、

政府の明解な道理の通った説明(「丁寧に説明する」)があるまで、自治体は受け入れを一旦撤回された方が良いと思います。

もちろん、受け入れを撤回しても責任は問われません。
日本人なら、誰でも騙され、いち早く受け入れを表明するのは当然ですので。
日本人なら、誰でも早期の被災地復興を願い、いち早く受け入れを表明するのは当然ですので。

よく政治家が自分の主張や発言を修正すると、「ブレた」などと批判されます。しかし、自分の発言や意見を自分で修正するのは、万人(政治家も含む)の権利であると思います。他者から、それのみで非難されるいわれはありません。それのみで非難するのは、単なるいいがかりです。
むしろ、判断をその時の最適の状況に合わせて修正すること、間違いや錯誤があったら、その時点でより良いものに修正する。その時点での自分のプライドより、国民の利益を考える。
これが本当に立派な政治家であると思います。人は神ではありませんので、間違いは必ずあります。当然、偉い人でもです。だから、私は、どんなに偉い人でも、騙されていることに気づいた時点で、正々堂々、自分の主張や発言をはずかしがらず修正すべきであると思います。

では、何もするな、ということではありません。
被災地の為に、ガレキ焼却する以外にも復興に貢献する方法はあるはずです。
焼却せずに、ガレキの量を減らす方法も必ずあるはずです。
もちろん、ガレキにこだわらず、他で貢献することもできるはずです。


「ポピュリズム」と「ルサンチマン」   2012,5,15

庶民目線の政策を勧めると、
すぐ、「ポピュリズムだ!!」「ルサンチマンだ!!」と騒ぐ、賢人?・エリート?の方々が、実に多い。

賢人?・エリート?の人々に、私は言いたい。
少数の賢人?・エリート?が、全てを決めて、日本はどうなったのか?

1.スピーディ隠蔽で、多くの国民が被曝した。
(国民の安全を考えていないのは、明らか。)

2.国策であり、予算も潤沢で、優秀な人材も豊富に有していたはずなのに、原発が複数爆発した。(装置は稼動しているのに、組織は稼動していなかった。)

3.最も予算をかけていた東海地震は、起きなかった。他で、次々に大地震が起きた。
(最初から、予測するつもりがなかった。)

4.騒いだ割に、温暖化していない。なかなか温暖化しないので「温暖化すると寒冷化する」と、奇妙な主張をしている。(地球という、あらゆる要素が無数にある物体が、CO2の量のみで、温暖化するか?最初から、現状の科学でわかるはずがないのでは。)

5.国民の負担が増えたのに、財政赤字が増えた。
(財政赤字を減らす為の増税でないことは確かであろう。)

6.生活苦で人口が減少している。
(生物学的に余程のことがない限り、個体数が減ることは考えられない。)

7.最近の20年間、日本経済は成長していない。
(最初から、成長させようとしていないと判断するのが自然。)

8.真実(事実)を判断する学問が、国益より組織の利益を追求する中央集権とつながりが深い某大学を中心としたピラミッド型に支配されている為、何が真実(事実)か?解らなくなってしまった。
(最初から、真実や事実を追求するつもりはない。)

残念すぎる結果である。私達国民は、この残念な結果を学習する必要がある。二度と繰り返さない為に。

この結果を出した賢人達やエリート達は、本物賢人・本物エリートのであったのか?
どのような基準で、彼らは、賢人・エリート、と認定されているのであろうか?
彼らは、国益に反しても、個人の利得や自分の属する組織に忠実な人々であるとしか思えない。彼らの言う真実(事実)、それをうらづけるデータ・統計は大いに疑問がある。「国民(庶民)は黙っていろ!、賢人・エリートに任せろ!」と批判されるかもしれないが、彼ら賢人・エリートに任せた結果、日本はどうなったのか?。負の結果は、十分過ぎる程でているのである。だから、彼らが、「国民(庶民)は愚かだ」との批判に多用する「ポピュリズム」「ルサンチマン」という言葉の負の定義さえも、大いに怪しい。

私は、以下の政策をこの国は即刻とるべきであると思う。

1.ポピュリズムをやる。
最大多数の国民(庶民)の利益を追求する。
国民(庶民)を大切にし、政策決定を国民(庶民)の手に取り戻す。国民(庶民)の負担を軽減する。国が繁栄し、国民人口が増える解り易いシンプルな政策をとる。人口を増やす。これが日本の国益であろう。

2.ルサンチマンをやる。
勧善懲悪。善を勧め、悪を懲らしめる。
国民が抑止力を行使する。国民(庶民)を裏切った悪人を徹底的に排除し、国民を裏切り利得を得る事が、如何に割にあわないか身を持ってわからせる必要がある。国民が苦しみ、人口が減る政策を二度ととらせない。

そして、日本を正常化するべき。



日本の道徳:武士道   2012,5,8

「武士道」とは、
「公に忠誠、親孝行、自分に厳しく、下位の者に思いやりをもち、敵にも憐みをかけ、私欲を追求せず、公正を尊び、金や身分よりも名誉に重きをおく。」
ということである。

少し難しいが、人物像として考えると、最近は見かけなくなったが、時代劇や刑事物の典型的主人公、その物であろう。何も難しいくはない。日本人として、普通に過していれば、自然に身に着くものなのだ。国民の99パーセントは、武士道精神を既に持っているのである。以前、書いた人種差別や門地差別を否定する人類にとって画期的な精神「八紘一宇」と同様であろう。どちらも、日本人なら意識せずとも、自然と普段から行っているものでもある。

我々の多くは、武士道精神と気付かないけれど、自然に行動している。
1.法律を違反しない。
2.家族を大切にする。家族の延長に社会がある。
3.未来を背負う、若者や子供達の将来を考え、思いやりをもって接する。
4.敵に情けをかける。負かしても、敵の全てを否定しない。同情もする。
5.まず、社会の公益を優先する。
6.不正を行わない。不正を憎む。
7.拝金主義ではない。
8.出世至上主義ではない。
9.名誉を大切にする。

多くの人々がそうなのだから、意識せずとも日本は発展をし、日本は強力な国なのである。

しかし、残念なことに、普通の生活をせず、身に着かなかった人々も少数であるがいるようである。
彼等は、
1.法律を平気で破る。
2.家族を大切にしない。
3.若者や子供達に、思いやりがない。部下を使用人として考える。
4.手段を選ばず、敵を攻撃する。
5.公益に反しても、私益を優先する。
6.常に不正を行う。
7.拝金主義。
8.出世至上主義。
9.名誉は、金の多さや地位ではないことがわからない。意味を取り違えている。

残念なことに、最近、この国をハイジャックしている人々は、この類いの人々が多い。だから、当たり前のである規範、勧善懲悪さえも否定する。なぜなら、その規範で罰せられるのは、彼等自身であるからだ。

彼等を人物像として考えると、時代劇や刑事物の典型的主人公の邪魔をする嫌われ者か、犯人役、その物であろう。大変わかりやすい。

だから、いっそう憎むべき不正が堂々と行われて、悪が大手を振っているのであろう。始末に悪い。彼等こそ、日本のあらゆる危機の元凶でもある。彼等が社会全体に与える悪影響は、はかり知れない。

はびこる悪は、直視し、対決し、正すべきものなのだ。

日本を正常化させるなら、私達は、私達の共通の価値観である武士道精神に沿って、当たり前のことをなせば良いのである。
まず、誰にでも容易にわかる悪である「この国をハイジャックしている人々」を社会から一掃する。これこそが今、求められていることなのだ。


1日の平均値の補足   2012,5,5

本ホームページでは、小数点第三位は誤差である可能性が捨て切れませんので、切り捨てし、発表しています。直近の数日間の小数点第三位を切り捨てする前のデータをみると、今年の3月と4月前半よりも、4月末から微量(小数点第三位程度ナノレベル)ですが、放射線量が上昇しています。原因は不明ですが、雨が降ると上昇する傾向があるようです。したがって、0.10まで下がっていた数値が0.11まで上がってきました。今年の3月と4月前半は、雨が降っても必ず数値が上昇するとはいえませんでしたが、最近は違うようです。ほぼ、雨が降ると数値は上昇します。風向きとも無関係な印象です。
一体、何が起きているのでしょうか?
あくまで、計測値では、微量(小数点第三位程度ナノレベル)ですが、どこかで何かが、おきているのかも知れません。
近くかもしれませんし、遠くかもしれません。風向きとも無関係な印象ですので、単独ではなく、原因は複数かもしれません。したがって、地域によっては、より深刻な場合もあるかもしれません。放射能は目に見えません。計測しなければ、一切わかりません。思い込みは禁物です。十分御注意ください。


占領と琉球伝説〜   2012,5,4

このような事を書くと非難されるかもしれません。もちろん、私の考えは間違っているかもしれません。間違っていればすいません。

思い違いであるかも知れませんが、一応、私の思った事を少し書きます。思い違いを含め、私が思ったことですので。

私が子供の頃、沖縄が琉球王国という独立した国家であったと、教科書に記述されていました。
当時、私は、少し違和感を感じていました。今、それを再考すると、私にとって、その違和感は確信になります。

その理由は、
1.人類学上の分類で、日本の本土と同じ分類をされている。沖縄人と日本人は、同じ民族。言語も同じ。
2.琉球王国は、廃藩置県で即、無くなっている。独立国ならば、激しい抵抗をするはず、しかし激しい抵抗の形跡がない。
3.江戸時代、鎖国で外国訪問は、重罪であるにも関わらず、薩摩藩の人々は琉球に出入りしている。
4.首里城は、何故か薩摩の資金で建築されている。強権支配であれば、非支配国の王の権威を強めることはしない。
5.沖縄戦では、戦艦大和他、多数の艦船、多数の軍用機が、戦争中最大規模で惨たらしい特攻(体当たり)を行った。元々外国の土地であれば、そんなことはしない。合理的に考えると、沖縄を守ろうとしているとしか思えない。捨て石説は怪しい。

私は、琉球王国という国は、国際法上の国家ではなく、薩摩藩領内の出島機能を持った地方自治団体ではないかと思っております。

ではいつから、琉球が独立した国家であったとする説が広まったのでしょうか?
私は、一時沖縄が米軍に占領されていた点に、注目したいと思います。

米軍は、沖縄を占領(領有)を正当化する為、琉球王国伝説を誇張したのではないか?
(あくまでも、これは仮説です、間違えているかもしれません。)

例えば、

1.「日本は悪い国だから、米軍が琉球王国を守っています。」とすることで沖縄を占領(領有)を正当化する。
2.「米軍は、琉球王国を日本から解放する為の解放軍であって侵略者ではない。」とすることで沖縄を占領(領有)を正当化する。
3.「元々は琉球は、独立国家だから、日本へ返還しません。だから、琉球人は、米軍に抵抗しても無駄。日本から援軍は来ません、だから、諦めて米軍に従いなさい。」とすることで沖縄を占領(領有)を容易にする。

酷似している例で、日本本土も、一時米軍に占領されていました。その後、その占領を正当化する為、以下の説を流行させました。

例をあげると、

1.「特攻は無駄死。国の為の死は無駄。」として自己犠牲や愛国心を貶め、占領(領有)を容易にする。
2.「武装するから、戦争になる。」として武装させず、防衛力を無くし、占領(領有)を容易にする。
3.「太平洋戦争は、日本だけが悪い。」として武装させず、防衛力を無くし、占領(領有)を容易にする。
4.「平和を唱えれば、平和になる。」として武装させず、防衛力を無くし、占領(領有)を容易にする。
5.「日本が軍を持てば、暴走する。」として武装させず、防衛力を無くし、占領(領有)を容易にする。
6.「日本は、攻撃的、侵略国家。」として武装させず、防衛力を無くし、占領(領有)を容易にする。

戦後、半世紀以上経つのに、真実と真逆な説が、いまだに国中にはびこっています。残念でなりません。
もう、日本は米国に占領されてはいません。日本は、立派な独立国家です。米国とも対等であり、良きライバル,同盟のパートナーでもあります。もはや、米国は日本人の思考まで干渉する事はあり得ません。

以下の健全な思考唱えても、占領時代のように、軍警に逮捕されることはありません。目覚めてください。

1.特攻、国の為の死は英雄的自己犠牲。彼らの犠牲のおかげで、今の日本の繁栄がある。勇気ある彼らに感謝すべき。彼らは、どんな思いで死んでいったのか? 少しでも考えればわかるはず。
2.武装しないと、防衛はできない。非武装論者が、国内治安を守る警察が武装していることを批判しないのは不思議である。外国と対峙なら武装は当然。
3.太平洋戦争は、自衛戦争。終戦後も続いた周辺国の戦争や現代の日本のシーレーン防衛を考えれば、、、
4.平和を唱えれば、平和になる、という思考は、重大な錯誤。日本周辺の米国の空母戦力は、帝国海軍の空白を埋めている。
5.日本が軍を持てば、抑止力が強まり、悪意ある外国から、つけ込まれ難くなる。外交官のカードも増え、外交力が増す。
6.日本は、強力な国であるが、侵略国家ではない。誠実な国。もちろん、戦時中も、戦況に関係なく、国際法を一番守っていた。

戦後、日本はある時期、これは不幸な歴史ですが、真実が言えない時期がありました。

そのせいで、未だに錯誤したり、勘違いしたりしている事が無数にあります。組織的に間違った事を教わった人々も大勢います。本当に不幸な歴史です。しかし今は、不幸な時期とは違い、真実を探究する事は自由です。まず、真実を知る事が重要であり、真実を知っていたから勝ち、騙されていたから負け、という訳ではありませんので、偉い人でも真実がわかった時点で、修正されることをお薦め致します。

以上、私の思いを書きました。事実の誤認、ご批判もあるかもしれません。しかし、一つだけ確かなことは、「歴史は勝者によって作られる」ということです。歴史の真実を知る為には、それを多少は差し引いて考える必要があるということです。


日本国の懐の深さについて   2012,5,3

5月3日は、憲法記念日なので、少し考えてみた。

政治家・・・国民の代理人、国民の意志の代弁者
役所・・・国民の利便性の為にある組織
公務員・・・国民の利便性の為にある組織で働く人々

上にあげた人々や組織が、万が一、多数の国民を裏切った場合、どうなるか?
いつの世でも同じであるが、

国民を裏切った政治家・・・選挙で敗れ、失職するが、それでも国民から許されない場合は、処罰される。
国民を裏切った役所・・・組織が改良されるが、それでも国民から許されない場合は、組織自体が廃止される。
国民を裏切った公務員・・・解雇されるが、それでも国民から許されない場合は、処罰される。

仮に、沢山の政治家や役所,公務員を解雇したり、処罰や廃止をし、総取り替えしたら、大変な混乱を招くかもしれない。しかし、安心して頂きたい。歴史を学べば解ると思うが、日本国は、ずっと天皇制の国である。だから、国民統合の象徴である天皇陛下がおられる限り、幾らでもやり直しが効く。この国は懐が深い。時の政府は失っても、日本国は日本国なのだ。国家は失われないのである。


一般論:震災対応で信頼度が、下がった組織、上がった組織   2012,4,25

私が気がつく程であるから、皆、気がついていると思うが、
下がった組織は、国内の最大組織(行政組織)。職務を放棄し、最大多数の国民を裏切ったのであるから当然。
逆に上がった組織は、一部の規制産業を除く、民間と自衛隊等の制服組であろう。理由は、国民を助けたからである。

国内の最大組織(行政組織)は、国民が困っているのに、助けず、国民の為の組織ではなく、組織の為の組織であることを自ら露呈し、残念なことに、組織の自己保身の為に、露骨に、助け合う国民を妨害し、卑劣にも、被災者を人質にする行為も行った。当然の評価であろう。

私が気がつく程であるから、皆、気がついていると思うが、
国内の最大組織(行政組織)の唯一の存在の裏づけは、「信頼」(国民の支持) であろう。国内の最大組織(行政組織)の信頼が、地に落ちた今、この国の主導権は、実質、他の何らかの別の勢力に移ったか、移りつつあるとも、言えなくもない。

話しを元に戻す。私が気がつく程であるから、皆、気がついていると思うが、
今や、国内の最大組織(行政組織)は、最大多数の国民にとって、「張り子の虎」同然なのである。図体は相変わらず大きく、恐ろしい風貌をしているのであるが、実体は貧弱そのものである。国民主権のわが国で、国民を裏切ったのであるから。

私が気がつく程であるから、皆、気がついていると思うが、
あくまで、想像であるが、今頃、「張り子の虎」の組織の人々は、最大多数の国民(一億人以上)を敵にまわしたのであるから、きっと、夜中に少しの物音でも、即起きて、あたりを見回し、心配で夜も眠れない状態であろうか。
おまけに、これは一般論で想像であるが、裏切られた国民(一億人以上)にとっては、当該組織の上位であろうが、末端であろうが、そこまで斟酌されないのであろうから、組織の前面に立つ下部の人々は、守ってくれる人もなく、組織の立派な建物から、一歩でも出れば、世間は皆敵であり、心配の毎日であろう。もちろん、一番利得を得ていた組織の偉い人々も、当面は、組織の面子の為、守られるが、そのうちに、組織自体の相対的力が弱まるのであろうから、守る人も皆無になるであろう。

私が気がつく程であるから、皆、気がついていると思うが、この勝負は、最初から着いているのである。
絶対少数の国内の最大組織(行政組織)に側につくか? 最大多数の国民(一億人以上)に側につくか?

最終的に、どちらが勝利するか、明らかであろう。

しかし、まだ安心はできない。最終的な勝利は明らかなのであるが、その最終をむかえるまで、紆余曲折はあるであろうから。
私が気がつく程であるから、皆、気がついていると思うが、私達国民は、「張り子の虎」の組織の人々が、苦し紛れに打つ、最期の嘘に、惑わされない様に、注意深く行動することが必要である。(場合によっては、国民が1人1人積極的行動に出る必要性に迫られるかもしれない。)


尖閣諸島の土地は大化けする。   2012,4,18

東京都は、尖閣諸島の土地を購入するらしい。
税金の無駄使いだとして反対する人もいるようであるが、今回は、東京都民は賛成すべきであろう。
理由:尖閣諸島周辺の石油の埋蔵量はペルシャ湾程度か、それ以上。しかも、大消費地に近い。
常識的に200海里経済水域で線を引くなら、すべて石油は日本のもの。
仮に100歩譲って、200海里経済水域と大陸棚の中間で線引きしても、半分以上は日本のもの。
油田を開発するとなれば、尖閣諸島周辺に他の陸地は皆無なので、合理的に考えて、あらゆる施設は尖閣諸島を中心に建設されるであろう。だから、油田の開発気運が少しでも高まれば、尖閣諸島の土地は大化けする。
東京都民は、大きな財産を手に入れた可能性が高い。


ネジ曲った精神構造   2012,4,6

憲法9条の信仰者たちは、戦争が始まっていても、対処しないのだという。
理由は、人を傷つけてはいけないから、話し合いで戦争を防ぐから、武器も一切不要だという。
私が気がつく程なのだから、皆気づいていると思うが、
仮に戦争が始まっても、平和を唱えていれば、平和だという思考は、
簡単に言えば、「悪に、積極的に対抗することをやめ、ほおっておく」ということであろう。
平時に於いても、以下の事が日本のどこかで起きていても、

1. 家庭が崩壊する。
2. 学校で不良がのさばる。
3. 地域で悪がのさばる。
4. 国が悪に乗っ取られる
5. 外国に領土をかすめとられる。
(上に書いたことは、残念ながら、日本で起きてしまっていることだ。)

自分が安全で被害がなければ、
自分には関係ないと考えているということになる。

もし、家庭が崩壊したら、その家族はどうなるのか?
もし、学校で不良がのさばったら、その学校の生徒はどうなるのか?
もし、地域で悪がのさばったら、その地域の住民はどうなるのか?
もし、外国に領土をかすめとられたら、そこにいた国民はどうなるのか?

私が気がつく程なのだから、皆気づいていると思うが、
それは、「自分さえ良ければ、他人はどうでも良い」ということであろう。
人類の自明の理である助け合い精神の否定そのもの。

ならば、以下の事も、

国民が困窮しているのに、無駄な事業で税金を浪費するのも、
原発が爆発してもスピーディを隠蔽するのも、
屋内退避者に、水と食料を届けないのも、
危険を隠す為、安全デマを流布するのも、
真実を隠す為、言論封殺を行うのも、

容易に想像できる。

私は、日本の内部崩壊を防ぐ為に、このネジ曲った精神構造の払拭こそ、
今の日本に必要であると思います。気づいた人、心当たりがある人は、どのような方法でも良いので、その払拭に務めて下さい。


移民制度   2012,4,3

移民制度を持つ国の殆どは、元植民地であった国がほとんどである。
それは、過去に異民族支配の国であったか、もしくは、現在もあるということでもある。先住民を追い立て、奴隷にし、それでも足りず、移民を受け入れる。そんな国もある。
残念なことに、植民地から独立してもである。独立しても、支配民族が変わっただけ。
私は、残念でならない。いちがいに責める訳にもいかないが。国にはそれぞれの歴史があるから、やむえないということであろう、と諦めている。やむえないと考える自分は、この点に於いて、日本人的精神から、少し乖離しているかもしれない。しかし、国家の理想である国民国家になるには、誠に、長い長い時間が掛かるということでもある。

日本は、現時点で植民地にされた経験がない。それに近い状態である他国に占領されていた時代はあるが、期間は、幸いな事に非常に短い。その短い間に、さまざまな不幸な事が起き、そしてその問題は、今も継続されている。あんなに短い時間でさえ、でも、である。その不幸な事で日本の力は少しだけ、弱められた。
しかし、少し弱められたのであるが、日本は未だ強力な国である。
日本は、なぜ強力な国なのか?
異民族が少ないからである。それにつきる。国内に根本的な対立がないのである。これは誠に大きい。国民は、自分達はこの国で居所があるのか? 悩む必要が一切ないのである。ゆえに、資源も無く、領土も狭く、自然災害も多いこの国でも、他国を奴隷にせずとも、奇跡の発展したのである。
一方、外国では、民族や人種の人口比や経済支配率によって、いつ自分らが追い出されるのか分らない不安の状態が永遠に続くのである。国内で、民族対民族の主導権争いという戦いが永遠に続く。(注)現実として、先に居た民族が必ずしも優勢とはいえない。

私は、外国人を差別しようとは思わない。しかし、移民制度には反対である。
今より発展したいから移民を受け入れるという考えが、日本の発展した理由、その唯一の訳を解していないと思われるからである。これは重要なことなのだ。今より発展したいなら、なおさら移民を受け入れても意味がない、ということである。

例えば、意思疎通に、こんなにも手間取らず、習慣も同じ、いちいち契約書を交わさなくとも、
ビジネスができる。世界中捜しても、こんな国は日本ぐらいである。他国を植民地にせずとも、異民族を奴隷にせずとも、発展している国。こんな国は日本意外にはない。

日本人は、世界の国々の実情を知らな過ぎるのでないか。世界の狡猾さを。人類の狡猾な歴史を考えると、日本人程、人種差別をしない民族はないし、本音と建て前の違いも少ない。こんなに国際法を守っている国も他にはない。良く、日本は外国人差別が酷い、と言われるが、それは大ウソである。
騙されてはいけない。日本ほど、外国人や文化を喜んで受け入れている国もない。島国根性も大ウソである。日本人は、そんな根性はない。真逆でなのである。ウソだと思うなら、一度、外国に行ってみると良い。少し注意すれば、その違和感に気がつくはずだ。多民族国家は、同じ民族同士、同じ人種同士、で集合し、社会において民族や人種で細かく棲み分けされている。バラバラなのである。日本人の感覚からすると、非効率に感じる。しかし、これも彼らには、意味があるはずである。日本人の感覚を押し付けるべきではないし。外国を批判するつもりはない。

しかし、少し考えて頂きたい。
例えば、日本人は、どんな境遇の人にも、自分にあてはめ、考える。「自分なら、こうだ。こう思う。」
人でなく、犬猫でさえも。無機物でさえも。極悪人でさえも。自分にあてはめ、考える。そして、自分でさえも特別とは考えず、自然の中の一部として考える。自己と同一視する。これをただの文化といってしまえば、軽く感じるかも知れない。しかし、その文化によって日本は支えられてきたのである。これは、日本にとって、とても重要なことなのだ。
一方、外国人にはそれがない。他の民族や他の人種は、根本的に違う、として考える。
他民族は、他民族。他人種は、他人種。動物は動物なのである。
だからといって、勘違いされては困る。別に外国人が劣っている訳では無い。日本人とは、違いますということなのである。

いろいろ書いたが、勝手な日本人の視点と思われる方を多いと思う。

しかし、日本人は現に一億以上いる。そんな人口まで一つの民族が繁栄した事実は、過去の人類の歴史にはない。日本人だけなのである。日本人なら、この繁栄の事実の重たさを是非とも解して欲しい。



お薦めの本 『世界探検史』 長沢和俊 著 白水社   2012,4,1

私はこの本が、世界の国の成り立ち、国それぞれの性質(存在意義)の解明に大いに役立つ本であると思う。今までの勘違いが正される? 日本は勝てる!! 個人の著作物を沢山読んで真実を知ろう!


ガソリン車:燃費○, 利便性◎, エコ△, 清潔○, インフラ費△
LPガス車:燃費○(◎), 利便性◎, エコ△, 清潔○, インフラ費△
薪炭車:燃費×(◎), 利便性△(◎), エコ◎, 清潔×, インフラ費◎
電気自動車:燃費×(◎), 利便性△(◎), エコ△, 清潔◎, インフラ費○(×) 
  2012,3,30

1. ガソリン車は、内燃機関で燃料が流体であり、機関を動かすと燃料が燃えてなくなる。長距離移動で燃料を多く積むと、スタートの時点である燃料満タン時には、燃費が悪く、距離が長くなる程、積んでいる燃料が減り、その分の車の重量が軽くなり燃費が良くなる。燃料が流体であり、燃料補給の際の利便性は高い。しかし、燃料補給の為に、あらかじめ燃料(流体)貯蔵する施設を整備しなければならない。貯蔵する施設までの燃料輸送の手間も計算に入れる必要もあるかもしれない。内燃機関なので排気ガスが出る。

2. LPガス車は、ガソリン車とほぼ同じである。しかし、燃料補給の為のLPガス貯蔵施設までの燃料輸送の経路にガスパイプラインを導入すると、燃料輸送の手間は劇的に改善される。液体→気体(パイプライン)→液体。 内燃機関なので排気ガスが出る。

3. 薪炭車は、木を焼いた際に出る水素を燃料とする内燃機関であり、機関を動かすと水素が燃えてなくなるが、燃やした木は無くならない。炭になる。だから、スタートの時点である燃料満タン時と炭になるまでの間、ずっと同じ重量である。木が炭になって、水素が全て出ても、軽くはならない。燃費を良くする為には、ガソリン車やLPガス車より、最初の時点(自重+燃料)で軽くしなければならない。しかし、薪炭車は、走ると木が炭になるので燃料としての木炭が出来上がる。燃料の木も、水分が多いほど水素が沢山発生するので乾燥させる必要が無く、伐採用具、ノコギリ等を車両に常備すれば、木がある限り無限の航続距離を持つ。CO2も増えない、木炭燃料も出来る究極のエコカー。走ると燃料ができるので、総合的な燃費が一番良い。一方、燃料補給の際の利便性が劣っている。無害ではあるが煙を大量に発生する。

4. 電気自動車の場合は、燃費を良くする為には、ガソリン車やLPガス車より、最初の時点(自重+バッテリー)で軽くしなければならない。だから、燃費を良くする為に航続距離を短くしなければならない。電気だから、航続距離が短いのではない。バッテリーを沢山積めば、航続距離は延長できるが、その分重量が増し、とたんに燃費が悪くなる。薪炭車と同じである。もちろん、電車のようにバッテリーを持たず、パンタグラフで給電できれば、燃費は劇的に改善される。それ自体はCO2を出さないが、発電所で大量のCO2を出す。エネルギー原の電気は、どこでもあるが、バッテリーの充電には時間がかかる為、燃料補給の際の利便性はプラスマイナス0。動力は内燃機関でないので、排気ガスがでない。一番清潔である。


言論封殺への対処方法のヒント   2012,3,21

事故後、一年経ちました。
私なりに、言論封殺について思ったことを、少しだけここに記します。

1. 著名人は、影響力が大きく、言論封殺への対抗力としては、効果的である。しかし、その効果と裏腹に、目をつけられ易く、言論封殺の圧力が加えられ易い。(言論封殺に対抗されている方々は、勇気があり、尊敬に値する)


2. 一方、私のような無名の人は、影響力が小さく、効果は限定的といえる。しかし、個別の影響力が小さいのであるから、その対抗力は小さいが、目をつけられ難たく、言論封殺の圧力が加えられ難い。


3. 対するスピードは、誤報により自己の評判が下がることを恐れる必要が無く、想定で情報を発信できるので、無名の人が早い傾向にある。一方、著名人は、誤報により自己の信用が下がることを恐れる場合がある為、確定的な情報発信になりやすいので、対するスピードは、少し遅れる。


4. 無名の人は、個別には影響力が小さく、効果は限定的であるが、数が多ければ(膨大なら)、数に応じた大きな影響力を与えることができる。

まとめ
著名人・・・効果◎ 圧力△ スピード△
無名の人・・・効果△ 圧力◎ スピード◎
多数の無名の人・・・効果◎ 圧力◎ スピード◎


ガレキの焼却について(騙されて受け入れを表明しても、撤回できます)   2012,3,19

被災地の復興の為として、全国でガレキが焼却されようとしています。

某県や某市は、国の方針に明解に反論しています。

某県の知事:「国の基準がおかしい。本来の基準では放射性廃棄物レベルのものも全国に拡散している」
某市の市長:「放射性物質の恐ろしさを十分に理解したうえで、大丈夫と言っているのか、きちんとした納得がない以上は、ガレキを受け入れるべきではない」

どう考えても、政府の旗色は悪いのではないでしょうか。

政府の発言も変化しています。

政府:安全です。

政府:多少危険ですが、痛みを分かち合いましょう。

政府:安全です。

しかし、放射能の種類は沢山あり、放射線もアルファ線,ベータ線,ガンマ線と数種類あるのに関わらず、政府は、未だガンマ線しか測っていない。事故直後は機器が足りないとされていたが、未だ足りないという言い訳は、もうとおらない。

他にも、事故直後から、今まで、いろいろな情報が飛び交っていました。
それを思い直すと、印象として、政府は嘘ばかりついているとしか思えません。

例1:汚染は広範囲ではない。→ 広範囲な汚染、しかもスピーディ隠蔽、危険の警告も無し。
例2:格納容器は健全です。→メルトダウンよりひどいメルトスルー
例3:ただちに健康に影響ない。→そんなこと言っていない。
例4:避難者が放射能がうつるとして虐められた。→ 事実確認がとれていない
例5:事故を適切に対処している。→ 事故対応の議事録なし(政策の根拠不明)
(他多数、数えきれない)

もちろん、受け入れを表明している自治体の気持ちも十分わかります。同じ日本人同士助け合う事は当然であるからです。
しかし、安全と言っているのはスピーディを隠蔽し、議事録も記録しない政府です。未だに責任もとっていません。こんなことで、はたして安全は担保されるのでしょうか?

受け入れを表明している自治体は、政府に巧妙に騙されているのではないでしょうか。

一般的に、騙される人より、騙す人が悪いのです。しかも今回は、被災地への、助け合い精神、親切な心に、巧妙につけこんでいます。これでは、親切な人なら、誰でも騙されてしまうのは当然です。

通常人では、想像できない程に巧妙なのです。だから、騙されて受け入れを表明しても、撤回できます。通常人では、想像できない程に巧妙なので責任も問われません。

しかし、受け入れ撤回後、ガレキが安全であった事が後で確実に証明されたら、どうするのか?

その時、再度受け入れに修正すれば良い。常にガレキが、他の自治体で全て燃やされていたなら、他の事で十分貢献すれば良い。ただそれだけです。

良く政治家が自分の主張や発言を修正すると、「ブレた」などと批判されます。しかし、自分の発言や意見を自分で修正するのは、万人(政治家も含む)の権利あると思います。他者から、それのみで非難されるいわれはありません。いいがかりです。
むしろ、判断をその時の最適の状況に合わせて修正すること、間違いがあったら、その時点でより良いものに修正する。その時点での自分のプライドより、国民の利益を考える。
これが本当に立派な政治家であると思います。人は神ではありませんので、間違いや錯誤は必ずあります。当然、偉い人でもです。
だから、私は、どんなに偉い人でも、騙されていることに気づいた時点で、正々堂々、自分の主張や発言をはずかしがらず、その都度、適切に修正すべきであると思います。

では、「ただちに何もするな」ということではありません。被災地の為に、ガレキ焼却する以外にも復興に貢献する方法はあるはずです。
焼却せずに、ガレキの量を減らす方法も必ずあるはずです。
もちろん、ガレキにこだわらず、他で貢献することもできるはずです。


ベーシックインカムについて   2012,3,17

導入すると、日本の長い不況(失われた20年)の根本原因である、国民の人口減少による需要不足を一拠に解決する可能性が高い。
財源についての懸念であるが、私は十分可能であると思う。理由以下に書く。

1. 通常の資本主義に戻す。日本では、こんなに皆、懸命に働いているのに、皆生活が良くならない。通常の資本主義では考えられない状態である。異常状態。これを正常に戻す。
(通常、資本主義は、常に市場の調整がある為、社会主義に較べて、経済政策による資本の動きが相対的に少ない。だから、資本主義で、国民が勤勉な国は、豊かにしかなりえない。なぜなら、経済政策の失敗による大きな資本のロスが少なくて済むからだ。)
しかし何故皆、生活が良くならないのか? 国民の生産性が低いとは到底思えない。
理由は簡単、大多数の国民は生産性が驚く程高いのであるが、逆に、働かないのに、膨大な収入を得ている人々が多過ぎるからだ。日本国経済の歯車が廻ることを邪魔している。不心得者が多過ぎるということ。もちろん、日本は資本主義なのだから、単純に、不労所得=悪という訳ではない。自己責任で資本を有効に市場に投資して、不労所得を得ている人々も少数はいるだろう。少し嫉妬してしまうが、それは社会にとって必要である。資本主義経済にとっては、資本の運用が適切であるということは、社会にとってむしろ、有益であり、不況の防止にもなる。まったく問題ない。
 問題なのは、公的な機関から膨大な収入を得ている人々なのだ。彼らは、ろくに働かないのに税金や国庫から膨大な収入を得ている、しかも、自己責任が一切無い。給料も無駄、施設も無駄、事業自体も無駄、しかも自己責任が無いので市場により淘汰もされない、数もかなり多い。これが、大きな資本のロス(もう一つ国が作れる位)を生み出している。これを一掃する。一旦、一掃すれば、膨大な資本のロス(失われた20年分)が一挙に解消され、日本は驚く程生産性(対資本比)が高くなり、増税なしでも、福祉を削らなくとも、減税でも税収は驚く程増えるだろう。こんなことを書くと、信じられない人も多いと思うが、冷静に考えて頂きたい。日本は、資源皆無、面積も狭い、植民地もなしで、戦後すぐから国民の優秀さのみで、ずっと何十年もGDP世界二位だった事実を。経済を普通に廻せば、普通に上手く行く社会なのである。

2. 尖閣諸島の石油埋蔵量は膨大で、世界最大級である。加えて、大消費地に近い。
こんな立地の良い油田は、世界中さがしても皆無。
立地条件が良いので、開発資金も容易に調達でき、リスクも少ない。日本は豊かな産油国に成り、外交上も有利になる。もちろん石油は枯渇したら、収入はなくなる。しかし、石油収入がある数十年から100年?の間に、1.を行うと同時に、ベーシックインカムで人口増加の流れが一旦できてしまえば、経済は廻していけるであろう。

補足

1のみでも、ベーシックインカム+中長期的にGDP世界一位になれる。

2のみでも、日本は経済的外交的なアドバンテージを持つ事ができる

1と2を同時に行なえば、ベーシックインカム+GDP世界一位に即なれる。


高校時代の話、戦争について、現代の手法の酷似   2012,3,16

記憶が曖昧ですが、当時の思い出を少し書きます。高校時代の小論文の授業ではなく、終戦の日なので学校全体で「戦争について」自分が感じた事を書こうという行事?(感想文か?良く判らない)の思い出。当時、行政のハコモノで、戦争についていろいろ展示するので、この機会に、ということであったと思う。その展示を見に行かされたかどうかは記憶にないが、きっと展示の内容も、誰もが想像できるアレであろう。結論ありきのみえみえである。

当時の記憶では、大変むずかしいドキュメンタリー映画『東京裁判』というのが、映画館で上映されていた時期から数年?(もっとか?)経っていた頃であろうか? 私も含め、日本の一部で、少しづつではあるが、戦後の洗脳?(日本軍=悪)を抜けつつあった頃であろうか。私は『東京裁判』は見なかったが、一応気になっていたので、後日、その小説版(皆さんも読むと良い)は、読んでいた。いろいろ難解な事が書いてあったが、特に目新しい事が多かった、と記憶している。(それでも、今から考えれば、事実を我慢してかなり抑えめに書いてある)

話しを戻す。高校時代の「戦争について」であるが、もはや、目新しい事を知ってしまった以上、教諭達の結論ありきのみえみえであるである、日本軍=悪、戦争=悪、とは、思っていなかったので、教諭達の目論見に乗る文章は書きたくは無かった。真実ではないので。したがって、

1.一般的に、戦争にはルールがある。ルール違反は犯罪。
2.一般的に、戦争行為自体は合法。
3.太平洋戦争は、日本ばかりが悪いのでは無い。東京裁判の判事が言っているので間違い無い事実。
4.一般的に、戦争は、国家である以上、国民の生命財産を守る為、行なう事はできる。
という感じで書いた。(学校専用の800字詰め原稿用紙一枚)

後日、その自分の文(感想文?)は、教諭から帰ってきた。

予想どおり、
「あなたは、戦争によって、どのような悲惨な被害がもたらされるのか?
良く考えてください。」(他にもくどくど、論点をづらした、お叱りが書かれていたと思う。)
と赤字で書いてあった。
私は、「即、戦争せよ」「戦争は素晴らしい」「敵を殲滅せよ」とか、好戦的なことは、一切書いていないのであるが。

それを見た時、当時私が思った事、
某書籍で読んだ一節が思い出された。
「政府を批判するのも良いが、軍におられるあなたのお子さんや家族がきっとつらい思いをしますよ」(戦時中、政府を批判した某国会議員が、当局から言われたこと。のちにその議員は、身内に危害が及ぶ事を恐れ、自害されたらしい。)

深読みかもしれないが、高校生の私も言論封殺団体から、目をつけられたという事である。その後で、以前書いたが、我が母校で教諭による「日の丸引きずり降ろし事件」が起きているのだから。日本では、その場限りの強者に軽薄にも従う者が得をする教育が堂々と行なわれていたのである。

手法の酷似 (以下が本題なので、是非読んで頂きたい)

話しは現在に戻る。問題はより深刻である。

最近、被災地の某中学校の中学生?が「ガレキを燃やしてくれてありがとう」という作文?を書いたという。良く判らないが、それが報道されている。詳細はわからないが、私の高校時代、学校が生徒達に「戦争について」書かせたアレと酷似しているように思われる。結論ありきのみえみえである。ダシに使われた子供達は、迷惑であろう。その中学生は被害者なのだから、批判するつもりは一切ない。悪いのはその中学校であろう。
大人がやりたい事であれば、大人が書けば良いはずである。にも関わらず。批判されるのが、恐いのであろうか?子供を盾にする彼ら特有の卑怯な手法である。(そもそも、日本は民主主義なのだから、大多数が反対することを行なわなければ済む話しである。)

私が、想像するには、きっと、私が「戦争について」書いたように、結論ありきのみえみえに乗る作文では無く。

1.政府は何故スピーディを隠したのか?
2.政府は、何故責任をとらないのですか?
3.一刻も早く補償してください。
4.放射能は恐いから、避難させて欲しい。

という事を書いた生徒も多数いるはずであろう。私の高校時代の作文とは違い、遠い過去の話題ではないのである。子供達には緊迫感もあるはずだ。比べるのも申し訳ないくらい、深刻なはずなのだから。
しかし、そんな作文は発表されず、握り潰すのであろう。自分達の都合の良いもののみ発表する。容易に想像できる。


高校時代の話、チェルノブイリ関連   2012,3,14

記憶が曖昧ですが、当時の思い出を少し書きます。
高校時代小論文の授業、原発がテーマになった。
当時の記憶では、ソ連のチェルノブイリ原発事故から、まだ日が浅い時期?であった。
果たして、日本の原発は大丈夫か?という事柄を担当教諭は考えさせたかったのだと思う。
当時思ったのは、「チェルノブイリ原発事故が起きた。= 原発は危険 = 日本の原発も同様に危険」
という、当時の教諭達は、たいてい脱原発派&核の平和利用も反対なのだから、結果ありきの小論文を書かせようというのであろう。今から考えても、みえみえである。

私は、率直に自分の意見を書いた。(高校生当時、知りうる知識の範囲で。)

1.ソ連は、言論の自由が無い国である。だから、原発という重要な装置に、仮に致命的欠陥があっても、指摘されず、放置されてしまう可能性が高い。→日本では、小さな事故(放射能漏れなし)でも大騒ぎなのだから、言論の自由があり、仮に致命的欠陥があったら、それが指摘され、欠陥は速やかに改善される。
2.ソ連は、カラーテレビが頻繁に爆発する国であるから、技術的に原発の運用は無理ではないか。→日本のカラーテレビは世界一。ソ連より技術力は数段高い。
3.ソ連の黒鉛チャンネル炉は、減速材(黒鉛)が可燃物 →日本の沸騰式軽水炉では、減速材(水)が不燃物であるので、ソ連の黒鉛チャンネル炉の方が危険。日本の方が比較にならない位、原子炉は堅牢。
4.ソ連は、官僚主義の弊害で中央集権が上手く機能せず、国家が危機状態で統治に限界がきている。(現場を知らない中央で、何でも決めるから、行列しなければ、せっけん一つ買えない) 原発の運用は無理ではないか。→日本の官僚は世界一優秀、統治がゆき届いている。国家も安定している。
5.チェルノブイリ事故以前、日本では原子力船むつ放射線漏れ事故について、放射線が漏れていたことを放射能漏れとして大騒ぎになっている。放射線と放射能では、比較にならないくらい、違う。放射線漏れ→その場限り。放射能漏れ→放射線を出す物質が漏れたのであるから、重大事故。
当時の小論文の結論(高校生当時、知りうる知識の範囲で。)、日本の原発は、ソ連の原発より安全。十分信頼できる。

しかし、誠に残念であるが、当時のソ連の事を今になって考えると、この日本でもあてはまる。

1.日本も、ある意味に於いて、最近は言論の自由が無い国であろう。だから、原発という重要な装置に、仮に致命的欠陥があっても、指摘されず、放置されてしまう可能性が高い。
2.十年程前、駅の売店で購入した100円ライターが、不良で着火しなかった(一度も着火しない)。数年前、郵便が届かないことがあった。(わかっている範囲で年数回?)。単純な物、単純な公共システムに不具合があるということは、その積み重ねである、より複雑な物、より複雑なシステムは運用出来得なくなる場合があるということであろう。
3.ソ連の黒鉛チャンネル炉は、黒鉛が可燃物なので危険だが、日本の沸騰式軽水炉でも、肝心の水が無ければ、どのみち危険。ソ連は、数週間で原子炉の穴を塞いだが、日本は、一番肝心な原子炉の穴を未だ塞いでいない。民間企業、民間人では塞げない。
4.日本も官僚主義の弊害で中央集権が上手く機能せず、国家が危機状態で統治に限界がきている。(現場を知らない中央で、何でも決めるから、中央の許可なければ公共施設一つ作れない。危機では初動がいつも遅れる) 国民の事を真剣に考えていない日本の官僚は優秀ではない。民間人のみで終息作業している。危険を民間人に押し付けている。
5.放射線と放射能では、比較にならないくらい、違うものを比較して、安全としている。レントゲン=放射線→その場限り。今回の原発事故は放射能漏れ→放射線を出す物質が漏れたのであるから、重大事故。

全て同じとまでは言えないが、当時のソ連並に、ある意味に於いては、日本も劣化しているのであろう。だから、原発が爆発したのではあるまいか。
この国はこのままだと、ソ連のように内部から崩壊するかもしれない。




日本の成長の可能性、日本・・・GDP1位は可能か? グレートリセット   2012,3,11

経済は規模が大きくなればなる程、経済の動向は、長いスパンで、左右される物が最も強い影響を与える。
簡単に言えば、「今日の千円、明日の一万円、どっちを選ぶ」ということで経済の動向が決まるということである。「今日の千円を選ぶ」であれば、衰退であり、「明日の一万円を選ぶ」であれば、成長なのである。
国に信頼があってこその、「明日の一万円」。信頼が無ければ、皆、「今日の千円」を選ぶ。

今の日本は、皆、「今日の千円」を選んでいる。

簡単に言えば、この国は、この先大丈夫か?、正義は維持されるのか?、ということで経済の動向が決まるのである。

例えば、

「国民の金銭的負担を軽減し、生活を楽にして、国民の人口を増やし、需要を増やす。」
信頼できる国の指導者が、メッセージ発する。

「善行を薦め、悪の利得は許さない、悪を懲らしめ、公の安全を維持する。」
信頼できる国の指導者が、メッセージ発する。

国家や国民が当たり前と考える常識、わかりきった事、当たり前の事を、信頼できる国の指導者が宣言すれば、この国の流れは変われるということである。

一旦、流れが変われば、この国は、その直後から、実態経済も一挙に好転するだろう。
なぜなら、繰り返しになるが、経済の動向は、長いスパンで、左右される物が最も強い影響を与えるからである。より沢山の果実を得る為には、作るのに時間が掛かる大きな大木が必要なのである。
なぜ、時間が掛かるのに、直後から実態経済も好転し得るのか?
それは、より大きな大木は、時間とお金が掛かるが、最大の利益を得るには、一刻も早い大規模な着手が必要であるからである。流れに乗れば、利益を得られる、ということであり、流れに逆らえば、損失する、ということであろう。

一旦、流れが変われば、この国は、その直後から、雪崩をうって経済が良い方向に加速する。ということである。

わかりやすく表現すれば、また繰り返すが、日本全土で「今日の千円を選ぶ」衰退を前提とした失われた20年ビジネスモデルから、「明日の一万円を選ぶ」成長を前提としたビジネスモデルへの大転換グレートリセットということである。

結論:日本・・・GDP1位は、絵空事ではないのである。失われた20年は伊達じゃない。そして、それを実行する為に、以下が最低限必要になるだろう。

国民の安全を担保する為に

私が気がつく程度の事であるから、皆さんはもう気がついていると思うが、
スピーディを隠蔽した人々は、徹底的に責任を問われなければならない。
悪事は処罰されることにより、再びの悪事を抑止する。わかりきった事、当たり前の事である。
公の安全とは、そうゆうものであろう。

またまた繰り返すが、これでは「明日の一万円を選ぶ」は無理であろう。

既に一年たっているのに、

未だに、わかりきった事、当たり前の事が出来ないということは、彼らには、この国を統治し得ないことの証明であり、それは、再びの悪事を抑止し得ないということだ。しかし、これは失われた20年の垢を落とす良い機会でもある。誠に高くついたのであるが。

ある法律学者が「法は、命令である」と言った。
別の学者は、「法は、最低限の良識である」とも言った。
勝手に解釈するが、「法治国家に於いて、行政の発する行為全ては、法に基づく命令であり、その命令を発する人物は、最低限の良識を備えなければならない」ということであろう。常識であり、当たり前の事だ。

やはり、法治国家に於いて、最低限の良識の無い人々は、国家を統治できないということであろう。
最低限の良識の無い人々は、世間に於いて「ならず者」であろう。
まぎれもなく、日本は法治国家であるから、彼らならず者では、統治できるはずはない。

冷静に考えると、
スピーディを隠蔽し、平気で国家に泥を塗り、平気で国民の足を引っ張る、彼らならず者は、この国では許容されないだろう。

なぜなら、これ以上許容すれば、この国は崩壊するからだ。そんな事はさせない。

国家や国民が当たり前と考える常識、わかりきった事、当たり前の事を、やろうとする当然の大きな流れが、じき起きるはずであろう。それは、きっと猛烈な激流になるはずだ。

それに、彼らならず者が幾ら逆らっても、逆らいきれる訳はないはず。
そして、こんな、わかりきった事、当たり前の事も気がつかない彼らならず者。

だから、彼らならず者は、誰もが想像し得る最期になるだろう。
私が気がつく程度の事であるから、皆さんはもう気がついていると思うが、私達国民は、わかりきった事、当たり前の事を成すこと、これに力をより注ぐべきであろう。そして、彼らならず者が苦し紛れにうつ、逃げの為の愚かな騒ぎに打ち勝つことであろう。

悪に打ち勝てば、日本は復活し、負ければ、負を背負うことになる。

結論:悪に打ち勝て !!



人情の空回り   2012,3,9

震災から一年たとうとしている。ガレキの処理。燃やす以外に方法は無いのか?

ガレキを燃やすと、放射能が熱により気化されて、より細かい粒子になり、大気に放出される。
このより細かい粒子になるということが、問題をより深刻にする。
そして、大気に放出されると、呼吸により人体に取り込まれ、内部被ばくを招く。土壌にも降り注ぎ、土地が汚染されてしまう。

一刻も早く、被災地を復興したいという、人情もわかるが、

もし、ガレキの量を減らしたいのであれば、燃やすのではなく、密閉した屋内で、ガレキ粉砕し、圧縮する方法もあると思う。粉砕し、圧縮し、樹脂で固める。ガレキの量も減らし、同時に放射能も封じ込める。

日本には、それぐらいの技術はあるはず。

もちろん、普通に考えれば、汚染されていないガレキは燃やしても良いはずであろう。
しかし、その判断は誰が下すのか?
当然、人情を無視し、スピーディを隠蔽したり、メルトダウンを隠したり、重要な決定に議事録もとらない行政府の人々であってはならないはずであろう。

物事を進めるには、如何に信用が大切なのか。

被災地を復興したいという人情が、これ以上、空回りしない為に、一刻も早く、この信用を失墜させた人々を、排除しなければならない。それが、一番の復興の早道。


お婆ちゃんの話   2012,3,6

小さい時は、良くお婆ちゃんの家に行ったものだ。
お婆ちゃんは、何も語らず静かな人だった。お婆ちゃんは、ただ私の話を聞いてくれた。
いろいろな我がままを聞いてくれた。

私が大人になり、忙しくなると、お婆ちゃんの家に、なかなか行けなくなった。
そして数年前、お婆ちゃんが亡くなった。
仕事の関係で葬儀に行けず。後ろめたい気がした。
でも、心の中で繋がっていれば良い。そう思っていた。

昨年、帰省した時、
母から、お婆ちゃんの想い出話しを聞いた。
母が言うには、母が子供の頃、「死んだら、時々でいいから、お墓に、道端の野花でいいから、飾ってね」と言っていたそうである。また、動物が好きで、「かわいそうだから」と言っては、捨て猫をよく拾ってきていたのだという。
涙が出た。

私にとって、意見も言わず、叱りもせず、ひたすら優しかったお婆ちゃん。母にとっても、同じだったとは、、、孫だからって、単に優しかった訳ではなかったのだ。
人に限らず、動物にも、全部に優しかったのである。

歳を重ねる程、見習う事が多くなってきた。
如何に自分が、薄っぺらな人間であったか?
反省の毎日。


戦争放棄の弱点.3   2012,3,2

豊かな村の親切な村人は、よその悪者に騙され易い。しかし、最低限の努力、村が「危険を告知する」「関所を作る」「竹槍を用意する」をすれば、もう騙される事はない。今までどおり、他人に疑いを持たず、心豊かに暮らせる。
逆に、村が「危険を告知する」「関所を作る」「竹槍を用意する」をせず、よその悪者を大手を振って歩く事を許容したら、全村人は、以降、ずっと疑心暗鬼になり、心豊かに暮らせない。他人に疑いを持たずとも、心豊かに暮らせた事が、村の豊かさの根にあったのだから、結果、村の豊かさも、失われるだろう。


戦争放棄の弱点.2   2012,3,1

私は、「この世界から戦争がなくなれば、どんなに喜ばしいことか。」と常に思っている。しかし、あえて書く。

このような事を書くと、好戦的と批判される方々も多いが、ここは冷静に読んで頂きたい。
前回、戦争放棄による日本の弱点について述べた。

それでも、憲法の戦争放棄を尊重したい人々はいる。
その皆さんには、以下を考えて頂きたい。

例:仮に、日本国が他国から攻撃を受けているのに、政府が、憲法の戦争放棄の規定を盾に軍隊を派遣しなかったら、どうなるか?

これでも、納得いただけないのであれば、暴論になるが、国内法では、正当防衛は認められているのであるから、平時から国民が個別に武装する権利を認めて頂きたいと思う。
なぜなら、仮に国家が武力を行使しなくとも、戦争になれば、家族、故郷、友人隣人の安全を守る為、国民が、それぞれ武装し、しかたなく決起することになるからだ。

しかし、人的被害は目も当てられない程、多くなるだろう。非正規戦になるのであるから、交戦規定(戦争のルール)は無視され、捕虜という定義も無くなり、惨たらしいものになる。そもそも、このような事を防ぐ為に、軍隊はあるのであるから。

軍隊や戦争は、国家が自国民を守る為の人類文明の工夫である。

家族、故郷、友人隣人の安全を考えるなら、不幸にして戦争が起きた場合に備え、普段から被害を最小限にする工夫、負けない工夫を考えるべきであろう。反戦、世界平和、と唱えるよりも、国家に、その工夫を考えさせ、実行させる。それが唯一の道である。日本国は文明国であろうから。

(脱線するが、先に書いた例がヒントになって、真っ先に浮かんだことがある。以下に書く。

例2:仮に、原発が爆発し、原子炉に穴があき、放射能が漏れているのに、政府が、人命を盾に、穴を塞ぐ決死隊(消防隊・自衛隊等の公の人々)の派遣しなかったら、どうなるか?

事実、残念であるが、公の人々の決死隊の派遣は無かった。穴は塞がれなかったのである。
そうなった結果、数千万人の国民が被ばくした。そして、国土も汚染されたてしまった。

そして未だに、民間人のみで、危険な原発事故終息作業をしている。この国は大丈夫か?)


戦争放棄の弱点   2012,2,29

このような事を書くと、好戦的と批判される方々も多いが、ここは冷静に読んで頂きたい。今回は、少し長くなるので、最初に結論(まとめ)を書いた。

戦争放棄の弱点、まとめ

1. 戦争放棄の規定は、効力が無い、法的には無効規定であり、国民に重大な事実の誤認を招く。

2. 憲法に馴染まない規定であるのに関わらず、戦争の歯止めになると考えている人々が沢山いる。それは同時に、積極的に他国の不正に日本国が抵抗する権利を奪うことになる。

3. 2の状態があると、抑止力が低減され、恒常的に悪意ある他国に、つけ入る隙を与えてしまう。

4. 日本国の弱点の原因の一つである「戦争放棄」の規定を廃すれば、軍事費を増額しなくとも、国力による抑止力が即座に効き、計りしれない波及効果をもたらし、現在よりも、より低コストで容易に日本国の安全を確保できる。

以前書いたが、外交の究極は、戦争であると思う。事実、世界は常に流動的で、お互いの国家の存在自体が脅かされる利害の対立では、必ず常に戦争が勃発している。

誠に残念であるが、世界で戦争のない年は、一年もない。
反戦、世界平和、と幾ら唱えても戦争は起きるのである。

好戦的だから、戦争が起きるのではない。
戦争は、国家の存在自体が脅かされる利害の対立がある限りに於いて起きるのである。もはや、世界の自然現象の一つともいえる。

事実、日本国も国家である以上、憲法が、どのように規定していようが、戦争をする権利がある。
なぜなら、戦争は、国家と国家の関係であり、憲法の範囲である国とその国民との枠外にあるからである。だから、戦争放棄の規定は、効力が無い、法理論的には無効規定ともいえる。
加えて、憲法制度がない過去の世界に於いても、その後も、伝統的に国家という物は、戦争をして成り立っている。だから、戦争放棄の意思表示自体が、国家というものには馴染まない。国家に馴染まないのであれば、当然、憲法にも馴染まない規定であろう。

もちろん、お互いの国家の存在自体が、脅かされる利害の対立に至らない程の原因で、起こされる無駄な戦争もあると思う。例:大国が小国を武力で威嚇する。しかし、このような例でも、表面上では、大国の存在自体が、脅かされる利害の対立では無いように見えるが、その大国が、如何にして、大国に成り得たのかを、十分考慮しなければなるまい。(歴史的に、強面の大国は、強いようで、実は脆い。)

「国家は、国民の生命財産、国家の存続の為、国家は戦争をする権利がある。」
「日本国も国家である以上、如何に憲法で定めようが、戦争をする権利がある。」

このような事を書くと、好戦的と批判される方々も多いが、ここは冷静に読んで頂きたい。これは現実である。権利と書くのもおこがましい位、当たり前の事なのである。日本の常識である、戦争放棄を世界に無理に当てはめて、勝手に解釈してはいけない。日本人の平和を愛する人情・良心には反するが、それは押し付けであろう。そもそも、日本は、世界の大半の国々とは違う強力な国である。正直,誠実,親切である国民が大多数を占め、国家の成立時から、正統な国民国家である。世界でも、例外・稀な存在(特別天然記念物国家)である。だから、世界のごく平均的な中小国とは違い、国内が安定していれば、国家の存亡に焦る必要は一切無い。外交は二の次、利害に関わる案件は、当分放置や交渉皆無で良いくらいである。世界の大半の国と状況は全く異なる。よって、内政がきちんとして、内部崩壊を防いでいれば、日本国は安泰なのである。

自分らは戦争せずとも、おおむね安泰だから、戦争放棄なのである。今の所。

戦争する国=悪い国ではないということだ。この点で国民は、少し反省する必要があるのかもしれない。しかし、この日本国は、内部崩壊を防げているだろうか?。近年、少し怪しくなってきている。

私は、以前の予感から、最近ある確信に至った。
それは、日本の常識である戦争放棄、正直,誠実,親切である国民が大多数を占める安心安全神話が、国民国家としての最低限の努力をも無くしてしまい、対外関係に於いては、悪意ある悪巧みに付け込まれ易くし、内政に於いては、無用に悪意ある者達に付け込まれ、内部崩壊を招く、という重大な弱点であったということに。先に述べた、少し怪しくなってきている、ということである。(それは、行政府と国民との関係に於いて、震災後の安全デマの流布による国民に対する錯誤への誘導にも酷似している。)

戦争の歯止めになり得ない、戦争放棄への過剰な信仰、錯誤が呼び水になり、国を荒らし、国家の存在自体が、脅かされる利害の対立に至る可能性を誘発しはじめているのではあるまいか。

好戦的になれ、他人を常に疑え、ということでは無い。むしろ、そんな日本らしくない社会にしない為に、平和を維持し、正直,誠実,親切である社会を維持したいならば、国民国家として最低限の努力はすべきである、ということなのである。


人口=需要、景気の為には、少子化対策は不可欠。 2012,2,24

子供手当の費用=(国民の人口×生涯の税収)−行政総経費

現在時点は、日本は財政赤字であるから、

(国民の人口×生涯の税収)−行政総経費=−数十兆円(子供手当の費用)

これでは、子供手当の費用は、到底捻出できない。
(国民の人口×生涯の税収)を仮に増税で増やしても、家計が圧迫されるのであるから、効果は±0になってしまう。

国民の負担が増える=少子化の加速

になる。

元々大赤字なのだから、余計赤字が膨らむ。
ならば、行政経費を削減するしかない。

行政総経費=(行政事業費+行政人件費)

これを減らす。行政事業費は、国民に対するサービスなのだから、減らすと、その分国民の負担が増え、

国民の負担が増える=少子化の加速

なのだから、唯一減らせるのは、行政人件費となる。
行政人件費を思いきって削減し、少子化対策に当てるべき。

ここまで、少し考えると分るが、
行政人件費が高すぎるから、国民の生活が困窮し、人口が減少しているとも言えるであろう。

結論:少子化=需要が伸びない=経済低迷国民の生活困窮=行政サービスの割に税が法外に高い=割高な行政人件費

ならば、 行政人件費を減らすべき。


過去、先進国で、このような類いの批判をされた国があるのであろうか? 2012,2,24

私は、あまり、外国メディアが言っているという理由だけで、批判すること(引用批判)は、大嫌いである。
しかし、震災後から最近まで、この国の行政府は、膨大な数の外国メディアから、かなり厳しい批判にあっている。それは、従来のような、経済摩擦による言いがかり、文化や価値観の思い違い、のような悪意・誤解による批判ではない。もっと深刻なのである。その膨大な数の批判には、共通している点がある。以下に要約する。
「行政府は、自国民に対して、非常に恐ろしい事をやっている。行政府が行なっている事、これは、人間として許せない行為である。」
過去、先進国で、このような類いの批判をされた国があるのであろうか? そんな国は、私の記憶にない。


憲法違反の休眠口座の活用? とうとう、財産権の侵害を始めた。 2012,2,23

銀行預金は、預金者の個人の物である。これは間違い無い。
昨日聞いた話では、10年間、取引がない休眠口座(銀行預金口座)のお金を、行政府は、全て国庫の所有にするのだという。国家は、個人の資産や所得に税金をかける事ができる。その根拠は、国家が運営している社会によってもたらされる、なにかしらの恵みがあるからであろう。恵みを頂いた一部を、国民は国庫に税金で納める。民間の経済活動と同じで、物を得たらその対価を払う。ということであり、何も違和感はない。しかし、10年間、取引がない休眠口座だからといっても、個人のお金にはかわりはないはずであり、それを国家が、丸ごと取り上げるのは、物を得ていないのに、その対価を払うのであるから、明らかに違和感がある。
繰り返しになるが、国家は、国民に恵みを与えるから、国民はなっとくして、その国家の恵みで得たお金の一部を、税として納めるのである。仮に、休眠口座に多少の税をかけるなら、それでも十分おかしな話であるが、まだ少しの違和感で済むだろう。しかし、個人の所有物である休眠口座を丸ごと取り上げるのは、まともではない。「お金が欲しいから、よこせ」、というのは、憲法違反、財産権の侵害そのものであろう。こんな事がまかりとおると、行政府の存在意義にも関わる。「国民に恵みを与える=行政府」、であるが、「国民に対して、根拠もなく、お金の要求する≠行政府」、であり、「国民に対して、根拠もなく、お金の要求する=ならず者」であろう。
ところで、震災後、国民は、この行政府の運営する国家から、どれぐらい恵みを受けているだろうか?
スピーディ隠蔽、言論封殺、安全デマの流布、汚染隠蔽、避難妨害、汚染バラマキ、議事録もなし、行政府は失政つづきである。単なる偶然の失敗なら、まだ救いはある。しかし、ここまで連続すると、組織的、恒常的、であると断定せざる得ない。そしてその証拠に、明らかな否も、一切認めない。責任も一切とらない。その上、増税。国民は、行政府から、恵みどころか、負を延々押し付けられている。足を引っ張られつづけているのである。もはや、行政府は国民に対して、善意はなく、悪意があるとしか思えない。
この国は、本当に大丈夫か?