| 魂のこもった指導 朝 西 知 徳 |
最近、スポーツに関する理論書が増えている。スポーツが学問の一端として認知されはじめている証拠かもしれない。じつは私も選手としての実績のなさを埋めようと、スポーツを学問として学んでいた時期がある。スポーツ理論を学べば、よい指導ができると考えていたのだ。
ところが最近、理論はよい指導を行うための羅針盤とはなるものの、万能な武器ではないということに気がついた。理論を基盤としながらも、経験に裏打ちされる、魂のこもった指導を加えていかなければ、選手の心を揺さぶることはできないと知ったのである。
理論のみでスマートに指導された選手は、一時的に成果を表すことはあるにせよ、長期にわたって結果を出すことは少ない。技術に魂がこめられていなければ、土壇場で人間としての強さを発揮することはできないのであろう。技術だけの選手は必ず失敗するのだ。
十数年前、監督になったばかりのころは、薄っぺらな理論に加えて、経験も浅いため、指導に魂がこめられるはずもなく、すべての選手に野球人としての魂を宿らせることはできなかった(魂の宿っている選手もいた)。
そして、時を経た今になって、理論に基づき魂を注入するという指導が、少しだけできるようになってきた。
魂のこもった指導。
身をけずって野球を指導している人には、この感覚が分かってもらえるにちがいない。