キャプテンの後ろ姿
朝 西 知 徳



 私は「特別教室」とよばれる場所の掃除監督をしている。

掃除の時間に、黒板をきれいにするよう、生徒に指示を出そうとするのだが、すでに黒板はきれいになっているのだ。毎日まいにち、きれいになっているのである。

 はじめは6時間目に教室を使った生徒が、順番できれいにしてくれているのだろうと思った。しかし、毎日みごとなまでに磨き上げられる黒板を見ていると、そうでないことが分かってきた。誰かが信念をもってやりつづけているのだ。誰なんだろう。興味をもった。

 ふだんより少し早めに、その教室へ行き、そっと中をのぞいてみた。まず黒板を縦にていねいに拭く。つぎに黒板消しをクリーナーにかける。そしてチョークの置かれる溝を小さなブラシで掃く。最後にチョークを色ごとに並べる。3年生のキャプテンだった。

野球部を引退してからも、3学期の最後の授業まで、その行いはつづけられた。まるで、練習を終えたあとにグラウンド整備をするかのように、授業のあとの黒板をきれいにしつづけたのであった。

校舎からグラウンドの入り口へとつづく、細い通路がある。そこは吹きだまりとなっており、いつでもゴミが集まってくる。グラウンドに入る前に、私はそのゴミをひろい、人が見ていないところで善行をはたらくことの意味を、くりかえし説いていた。

彼は、その教えを最後まで忘れずにいてくれたのである。ユニフォームを脱いでから、怠惰な生活を送る者は少なくない。しかし、高校野球で身につけた社会的技術を、野球とは別のところで捧げている姿を見れば、高校野球を指導してよかったなと純粋に思えてくる。

 心がぽかぽかと温かくなるキャプテンの後ろ姿だった。


とじる