野球部の保護者会に感謝
朝 西 知 徳

 

 秋のはじめに、野球部卒業生の保護者が中心となり、今夏で監督を退いた私を労う宴を開いてくれた。卒業生とその保護者、およそ100人の懐かしい姿に感激した。

 5年前の夏、優勝候補となった我がチームは、初戦で敗れた。学校にもどり、当時の校長に進退を伺おうとすると、それを見た保護者が一斉に校長室へ走ってきた。「監督が辞めたら、うちの子は学校も辞めてしまいます」。

 次の春、上位進出を果たすと、とつぜん「朝西コール」がわき起こった。保護者の優しい声であった。恥ずかしかったが、とてもうれしかった。このような声援に支えられて、今までがんばることができたのだと思う。

 今夏の試合を終えると、3年生の保護者から、一冊のアルバムを手わたされた。私が3年生8人それぞれの家族と笑っている写真があり、すべてに保護者による自筆の手紙が添えられていた。

 「子供を共に育てていただいたこと、感謝しています」「大きな声で怒鳴る監督が大好きです」「いつまでも子供たちにとって、鬼監督であり、最強の応援団長でいてください」。親と教員と立場は違っても、厳しさという名の愛で、子供を強く育てようという思いは同じであった。

 「3年生は、監督のもとで野球がしたくて来た子供たちばかりです」。最後の一年間は、その気持ちに応ようとして、精一杯グラウンドで叫びつづけた。残念ながら、夏は準決勝で敗れ、夢は叶わなかったが、選手、監督、保護者が一体となって戦い抜いた「青春の日々」を誇りに思う。

 ブルースは12小節で終わる。私がグラウンドで奏でたブルースも、12年で終えることとなった。保護者会に恵まれ、とても幸せな監督生活を送ることができた。子供が卒業した後でも、朝西野球への熱烈なる応援を止まなかった曽根現慎氏をはじめ、すべての保護者の方々に感謝の気持ちでいっぱいである。

とじる