| 最後の練習 〜夕闇のなかで〜 朝 西 知 徳 |

最後の夏が終わった。選手をバスに乗せると、「いくぞ」といつものように声をかけた。「おねがいします」。3年生も、ふだんと変わらない元気な声でそれに答えた。ふと、悲しくはないのだろうかと思った。
バックミラーをのぞくと、みな目を真っ赤にしていた。「堂々たる敗者であれ」。その野球を全うしようと、必死に涙をこらえていたのである。胸がしめつけられた。私は学校までの道のりを、唇をかみしめながらハンドルを握った。
学校のグラウンドにたどり着いた。「今から練習をはじめる」。うるんだ目が、ぎゅっと見開かれた。「最後に下級生とキャッチボールをしてやれよ」「はい」。
「がんばって甲子園へ行けよ」。3年生が下級生にボールを投げる。「おせわになりました」。そう下級生が返す。「リーダーとして、チームをしっかりまとめろよ」「大学へ行っても、たくさんホームランを打ってください」。心あたたまる光景だった。
「パシッ」「パシッ」。今度はグラブの音だけが響きはじめた。みんな涙で声にならないのだ。しばらくすると、すすり泣く声があちらこちらから聞こえてきた。
「3年生は守備につけ」。おわりに監督の私が、ノックを打つことにした。「ボールに飛び込め」「前に出てこい」。いつものように吠えることが、監督としての誠意だと思えたのである。
「もう1本おねがいします」。彼らは1秒でも長く高校野球をしていようと、何度もそう叫んだ。「腹から声を出せ」。私は目の奥を熱くしながら、懸命にノックバットを振った。
「ありがとうございました」。ユニフォームを涙と汗で染めた3年生が、最後に声をふりしぼった。彼らが去っていった。私は夕闇に浮かぶグラウンドを、いつまでもいつまでも眺めていた。