| なみだ雨 朝 西 知 徳 |

ウイニングボールが、右翼手のグラブに収まったとき、「先輩たちの分まで校歌をうたってこい」と、ベンチの選手をグラウンドへ送り出した。帽子を左胸に当てるSHOINスタイル(米商式)で、私も大声でうたってみた。泣けてきた。3年間で合わせると8回も校歌を流していた時期もあったというのに、校歌を流すのがこんなにも大変なことだとは、当時の私にはわからなかった。校歌をうたい終えてスタンドに走ると、苦しいときの卒業生が見えた。苦しいときの保護者も大勢いた。みんな泣いていた。一緒に校歌をうたってくれていたのだと、すぐにわかった。
「優勝したときより、なんで泣けてくるのだろう」。監督就任後は、挫折からのスタートであったが、大きな栄光(夏の甲子園出場)のあとに、ふたたび挫折を味わうとは思ってもいなかった。この夏の日の勝利を生涯忘れずにいたいと思う。そして、なかなか勝てなかった悔しさも一緒に忘れずにいたいと思う。敗戦の数は男の勲章なのだから。
スタンドで勝利インタビューを受けて帰ろうとすると、苦しいときの保護者と出会った。「校歌を聞いていたら感動しました」「しっかりと卒業生の分もうたっておきましたよ」。球場を去ろうとすると、「ビューッ」と夏の涼しい風が、私の背中を押した。
試合に勝ったあとは、涙をこらえるのに必死だったが、試合に負けたあとは、不思議なことに涙があふれてこなかった。負けた悔しさよりも、選手たちと「やりとげた」という気持ちの方が大きいからだと、そのときは思った。私は一塁側ダグアウトに最後まで残り、布勢球場に降る雨をしばらくながめていた。「6年前の夏は、ここで優勝したんだよな」と、そのシーンを懐かしく思い出していた。永年の友である竹本コーチが、「負けるときは、こんなもんですよ」と私を気づかってくれた。
ところが、夜になると胸が苦しくなっていった。眠れなかった。選手たちに「ああしてやればよかった。こうしてやればよかった」という思いが膨らんできてしまったのである。意識のあることが辛いという状況だ。ほかの人は、こういうとき、きっと酒でも飲むのだろう。じっとしていられなくなった。明けがた、缶コーヒーを買って、雨の中をパジェロで走った。雨を見ていたら、少しずつ気持ちが楽になっていった。そのとき、きのうは雨のせいで涙が出てこなかったのだと初めてわかった。
そういえば野球人生で辛いとき、いつも雨が私を助けてくれた。大学時代のことである。入れ替え戦に負けたとき、札幌の街は雨に変わった。主将のSさんの車に乗ると、FMラジオから小林麻美の歌う『雨音はショパンの調べ』が流れてきた。主将であるSさんは、チームで一番つらいはずなのに、涙ぐんでいる1年坊主の私に冗談ばかりを言った。曲を聴いていたら、Sさんの声を聞いていたら、そして窓の外の雨を見ていたら、いつのまにか涙は止まっていた。『雨音はショパンの調べ』を聴くたびに、私は今でもSさんの優しさと、そのときの雨の街を思い出す。
平成6(1994)年の夏、前任校でのラストゲームは、炎天下のなか1点差で敗れた。みんなで声をあげて泣いた。信じられないことだが、球場からバスへ向かう短い間に、空は一気に暗くなり豪雨となった。まるで映画のシーンのようだった。みんなの涙が雨に流されると、とたんに熱い日差しがもどり、泣き声は笑い声へと変わっていた。
どこのチームの監督も同じだとは思うが、3年生に敬意を表して、監督としても、ラストゲームだという思いで試合に臨んでいるはずである。来年がある、来年もあるというような、中途半端な気持ちで戦っている監督などいないと思う。私も同じだ。そんな気持ちを見透かしてか、球場を出ると一人の卒業生がやってきた。「監督さん、いつまでもSHOINの監督でいてください」。そういって号泣するのだ。「監督を続けてほしいと願う者も大勢いるが、辞めて欲しいと願う者も必ずいる。高校野球監督の宿命だよ」。血の汗を流したことのない人には、正義というものが永遠に分からないのであろう。「自分は、監督さんがSHOINの監督でなくなったら・・・、自分は・・・、自分は・・・」。彼は流れ落ちる涙を、現役のときに着ていたユニフォームで必死にぬぐっていた。
学校にもどる途中、バスを運転しながら、3年生へ贈る最後の言葉を考えていた。雨がフロントガラスに激しくぶつかっていた。
田上キャプテン、みんなのために監督の叱責を受け止めてくれてありがとう。佐々木副キャプテン、いつもチームに明るさを与えてくれてありがとう。高橋副キャプテン、入学当初からチームの中心選手として奮闘してくれてありがとう。石田選手会長、チームに正しい空気を送りつづけてくれてありがとう。
コツコツと努力を重ねてきた安達、卓越した技術をもちながらも決しておごることのなかった大島、倒れそうになるチームを1年生の夏から支えつづけてきた折坂、人のよさが体全体からにじみ出ている末信、チームに笑いを巻き起こしてくれた谷、勉強も野球も一生懸命にがんばってきた谷口、くじけそうになっても直向きにがんばってきた西村、努力・努力・努力で正捕手の座を射止めた濱田、つねに正義感をもって練習に取り組んできた廣川、ど根性でチームをのし上げてきた山根、そしていつもみんなを癒してくれた米田。すべての3年生にいま感謝している。