| 涙の卒園式 朝 西 知 徳 |

(左)前列左から6人目が幼稚園のときの私/(右)飾られている絵は、幼稚園のときの私が描いた『ブレーメンの音楽隊』
幼稚園のときの忘れられない記憶がある。私の担任は年配の方で、優しくてとても厳しい先生だった。私が何か悪いことをしてしまったのだと思う。先生が私を叱りつけた。「ちょっと待ちなさい」「いやだ」。私は泣き叫んで、帰りのスクールバスに逃げ込んだ。その夜、先生の言葉が思い出され、朝がやって来るのが怖くなった。次の日、幼稚園に行くと先生が「おはよう」と私に笑いかけてきた。目の奥が熱くなったそのときの感覚は、今でもはっきりと思い出すことができる。
先日、息子の卒園式があった。卒園生が入場してくると、副担任である男性教員のA先生は、すでに涙を流していた。「みんながいなくなるのはとても淋しいですけれど、小学校に行くみんなを喜んで送り出してあげたいと思います」。園長先生の微笑みのあと、「さよなら〜、私たちの幼稚園〜」。卒園生の大きな歌声が遊戯室に響きわたった。A先生はまだ泣いていた。
卒園式を終えて教室に集められると、A先生の話がはじまった。涙で言葉がゆれていた。最後に子供たちそれぞれが、担任の先生に花束をわたした。担任の先生は膝をついて、子供たちの目を見ながら、悔いを残さぬようにと、最後の言葉と温かい涙を贈っていた。玄関に下りると先生方が、紙吹雪と祝福の声を子供たちの背中に降らせていた。息子は、別れるということがどういうことなのか、まだわかっていないようだった。この幼稚園で過ごした宝物のような日々の意味を、まだ知らずにいるように思えた。
卒園式のちょうど1週間前、卒園生を送る会というのがあった。スクリーンには思い出がいっぱい映しだされていた。BGMは小田和正の『たしかなこと』と、子供たちの笑い声だった。おわりに先生方が、卒園生に歌をプレゼントした。途中で涙をこぼしはじめる先生がいた。子供たちが涙のわけを知らずに笑顔でいるからこそ、その涙が私にはとても美しく見えた。
じつは、A先生は私の教え子であった。「今まで息子がお世話になりました」「いいえ」「泣いてばかりいるから、しっかりしろよって何度も言いそうになったじゃないか」「すいません」「がんばってやれよ」「はい」。やっとA先生が笑った。「忘れないで〜、どんなときも〜、きっとそばにいるから〜」。だれもいなくなった卒園生の教室では、小田和正の歌声がいつまでも哀しく響いていた。