高校野球、保護者は脇役
朝 西 知 徳


 高校野球部は、他の運動部と比べても、保護者との関わりが大きい。ほとんどの学校に、チームを後援することを目的とした保護者会(または父母会)という組織が存在する。

 ただし、その目的とは異なる形にゆがんでしまい、監督を精神的に追い詰めているケースもあると聞く。

 下級生の保護者であれば、監督との適切な距離を保てるのであるが、上級生の保護者となり、甲子園というものを意識し始めると、その距離が測れなくなることがあるようだ。

 甲子園は、高校野球の一側面である。グラウンドで繰り広げられる毎日の出来事こそが、高校野球のハイライトである。つまり、日々、監督から指導を仰げることに、もっと感謝するべきである。

 にもかかわらず、選手のことを最もよく見ている監督が振る采配を批判したり、敗戦の責任を監督に求めたり、さらには、自らの子供が試合に出られないからと不平不満をまき散らしたりすることは、保護者のとるべき態度としては間違っている。

 敗戦によってしか得られないものがある。ベンチを温めている選手にしか味わうことのできない経験がある。保護者が、監督との距離を見誤ってしまうと、そういった大切なことにも気づけなくなってしまうのかもしれない。

 高校野球の主役は選手である。保護者が、主役に躍り出ようとした瞬間に、高校野球という名の青春映画は崩壊する。

 保護者と監督は、ともに子供を「育てる」立場にある。そのことを正しく理解している保護者は、主役を「見守る」、監督に「任せる」という姿勢を貫いている。

 そんな保護者の集まりであれば、選手も監督も、安心して野球に打ち込むことができるであろう。当然チームも強くなる。

 保護者は最高の脇役でなければならない。

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