キョンナムのおしゃべり箱

2月26日

昨年の12月20日に神奈川学園中学校で講演したときにもらったピンクのバラが、いまも玄関で美しく咲いている。見るたびに元気をもらう。生命力ってすごい。今日は一日冷たい雨が降っていたけれど、自然界の命がきらめく春はもうすぐそこまで。

 昨日は金敬得(キムキョンドク)弁護士の「しのぶ会」へ。日本国籍でなくても、弁護士になれるという道を切り開き、在日の人権弁護士として力を尽くした敬得さんらしい、心温かで内容の深い会だった 。

 さまざまな活動のなかで、敬得さんがどうしても実現させたいと心血を注いでいた一つが、定住外国人への地方参政権を実現させること。地方参政権のない私たちは、住民として生活しながらも意見や意志を行政に反映させる手立てをもっていない。「韓国がやってないのに、どうして日本が」という日本の政治家たちの言葉を受けて、敬得さん(たち)はついに韓国政府を動かし、昨年6月、永住資格をもつ外国人の地方選挙権が韓国で実現した。しかし日本ではいまだ険しい道のりのままだ。

 実は、実現させるためのネットワークの共同代表を敬得さんに頼まれて引き受けていた。「できない、無理、無理」と断っても断っても、「名前だけでいい。何もしなくていいから」と、強引に押しきられてしまった。ハンパじゃない熱意に圧倒された感じだった。その言葉に甘えて、ホントに何もしないできたのだが、これからはそういうわけにいかないなと思う。あとは頼んだというバトンを渡されたような気がする。

 「しのぶ会」でフルート演奏をした高校二年生の娘さんが、「お父さんのような弁護士」になりたいと笑顔を見せてくれた。最後に挨拶をした息子さんも、弁護士めざして勉強中だという。子どもたちが志を継いで、お父さんのあとを歩いていく。素敵だなあと思った。敬得さんが道を開くまでは、どうせ駄目だからとみんな諦めていた。道なきところに道を作っていくことの大切さを、改めて思う。道ができれば、その道を多くの人たちが次々に歩いていくことができる。

 「よりよく生きることは、よりよく死ぬことだ」。これは私の尊敬する故マルセ太郎さんの言葉だが、金敬得さんもまさにそうだった。

 昨日の朝日新聞に、病床で口述筆記されたという彼の「遺言」のような言葉が紹介されていた。

「憲法の平和主義は植民地支配、侵略に対する反省の結果生まれた。在日の存在は植民地支配による。ナショナリズム克服のためには平和が何より重要で、在日こそは平和憲法の体現者である」このあと、友人の方のコメントが一言付け加えられていた。

「戦争になったら一番に攻撃されるのが我々だと敬得は憂えていた。戦争は命をかけて止めるのが在日の役割ーこれが敬得の遺言です」

在日の一人である私にとって、胸にずっしりと響く。

 

 今月は鹿児島の基地や知覧の特攻基地に行き、沖縄の戦跡や基地も回ってきた。(次回にちゃんとふれたい)。戦争がどれだけむごいものであるかを実感してきた。戦争へつづく道(戦前にもどる道)は、なにがなんでも止めたいと思った。きらめく命を再び戦争で失わせるわけにはいかない。子どもたちには平和な道を歩かせてあげたいと、春を前に強く思う。

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