アヘンの化学(The Chemistry of Opium) |
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1.アヘンに含まれる二次代謝成分 アヘンの効果はギリシア時代から知られていたが、多くの科学者の関心にもかかわらず長らくその薬効の本体は謎であった。 ベンジルイソキノリン系アルカロイドではパパベリン(15: Papaverine)が鎮痙薬として使用されるほかは治療薬としての用途はない。パパベリンは現在では全合成で供給されているので、アヘンはパパベリンの製造原料としての価値はないが、それが初めて発見されたソースとしての価値は不滅である。(+)-レチキュリン(19: (+)-Reticuline)はモルヒナン系以外の多くのアヘンアルカロイドの生合成前駆体であるが、このことについてはアヘンアルカロイドの生合成として後述する。また、4環性のアポルフィンアルカロイドとして唯一イソボルジン(23: Isoboldine)が知られているが、微量成分である。
フタリドイソキノリンアルカロイドは分子内にフタリド(又はフタリミド)の部分構造を有するものであるが、後述するように生合成的にテトラヒドロプロトベルベリンに由来するものであり、二次代謝成分として決して特殊な存在ではない。ノスカピン(24: Noscapine)が中枢作用性鎮咳薬として重要な薬物であり、フタリドという構造を重視して一つのグループとしたのである。ナルセイン(27: Narceine)、ナルセイノン(28: Narceinone)もフタリド構造を取り得るものと考え、このグループに含めた。ただし、いずれもイソキノリン環部は開裂しているのでフタリドイソキノリンの名称は適当でないかもしれないが、生合成的な関連を重視した。ナルセインイミド(29: Narceine imide)はナルセインとアンモニアから生成した二次生成物(artefact)であろう。
プロトピン系はケシ科に特有のアルカロイドであり、アヘンにも4種含まれている。これらの前駆体はテトラヒドロプロトベルベリンであるが、アヘンには(-)-コレキシミン(30: (-)Coreximine)と(-)-イソコリパルミン(31: (-)-Isocorypalmine)という生合成的系統の異なるものが得られている。コレキシミンは他のアヘンアルカロイドと系統的関係はなく、一方、イソコリパルミンは芳香環上の置換基から明らかにプロトピン系やロエアジン系と類縁関係が認められる。ロエアジン系はケシ属(Papaver sp.) に特有のアルカロイドであり、ユニークな構造をもつが、後述(→アヘンアルカロイドの生合成を参照)するように生合成的にはプロトピン系に由来するものである。ロエアジン系はヒナゲシP. rhoeasから初めて得られたので、その名の由来があり、これまでに同種と近縁種から30種以上が知られている。
2.アヘンアルカロイドの生合成について 前述したようにアヘンに含まれるアルカロイドの構造は極めて多様である。生合成的には、アヘンアルカロイドは全てチロシンを原料とするアミノ酸経路で生合成されるベンジルイソキノリンの系統であり、レチキュリンを前駆体として生合成される。モルヒナン系アルカロイドは5個の環から構成される複雑な化合物で、フェナンスレンが基本骨格をなすのは確かだが、植物化学的には他のアルカロイドと同じベンジルイソキノリンの系統である(→これを理解するにはモルヒネの骨格はベンジルイソキノリンであるを参照)。しかし、不思議なことに、モルヒナン系アルカロイドとその他のアルカロイドとでは平面構造式では同じ前駆体だが光学的には異なる別の前駆体から生合成される。すなわちモルヒナン系は(-)-レチキュリン、テトラヒドロプロトベルベリンに由来するその他のアルカロイドはその鏡像異性体である(+)-レチキュリンから生合成されるのである。また、(+)-レチキュリンそのものもアヘン成分の一つであることが知られている。一つの植物種においてそれぞれ異なる鏡像体が生合成前駆体となる例はきわめて稀である。実際にアヘンアルカロイドとして単離されている(+)-レチキュリンが本来の代謝物(native metabolite)であり、(+)-レチキュリンオキシダーゼによりデヒドロレチキュリニウムを生成し、それが更に立体特異的に1,2-デヒドロレチキュリニウムリダクターゼによって(-)-レチキュリンに還元された後、モルヒネなどモルヒナンアルカロイドに前駆体として取り込まれるのである。このことは標識化合物を用いた実験でも実証されている。(-)-レチキュリンはサルタリジンシンターゼにより位置選択的酸化カップリングによりサルタリジン(Salutaridine)に変換される。サルタリジンのケトンはサルタリジンリダクターゼにより還元されてサルタリジノール-7-O-アセチルトランスフェラーゼによりアセチル化され、その結果生成するアリールアセテートはフェノール性水酸基によって非酵素的syn SN2置換反応が進行し、モルヒネの5番目のテトラヒドロフラン環が形成されテバインに変換される。テバインはデメチル化されネオピノンになるが、この反応に関わる酵素はまだ補足されていない。ネオピノンの互変異性体コデイノンがコデイノンリダクターゼにより還元されてコデイノンを生成する。コデインのデメチレーションにより最終産物であるモルヒネになるのだが、この反応を触媒する酵素もまだケシからは補足されておらず、哺乳動物肝臓に存在することは知られている。アヘン中のモルヒナンの含量は高いので、仮に(-)-レチキュリンの生合成をスイッチオフできればモルヒナンは生成しないことになるので、理論的にはノスカピンなどの相対含量を高くすることができるはずである。今後、この観点からの研究が進めばモルヒナン以外のアルカロイドの薬としての応用研究が進むことが期待されるよう。
3.製薬原料としてのアヘンアルカロイドアヘンに含まれる成分は有用な治療薬ばかりでなく、有用な医薬原料となるものも含まれる。今日では、アヘン中毒の治療にはモルヒネ拮抗薬が用いられる。アヘンの急性中毒では呼吸麻痺が起き、それによって死に至ることも多いのであるが、ナロキソンはオピオイド受容体においてモルヒネと拮抗的に作用するかけがえのない薬物の一つであり、モルヒネによる呼吸麻痺に対する治療薬として使われている。ナロキソンは複雑な構造をしたモルヒナン系化合物だが、天然には存在は知られていない物質である。アヘンあるいはハカマオニゲシP. bracteatumにはテバインというモルヒナン誘導体が含まれており、ナロキソンはそれから長い行程を経て創製されている(図6)。まず、テバインあるいはコデインの14位に水酸基を導入しなければならないのだが、モルヒネの構造研究の過程で発見された二クロム酸カリウム(K2Cr2O7)又は過酸化水素を用いる。次にN-メチル基を除去し、2級アミンに変換しなければならないが、これもモルヒネの化学変換反応の途上で発見されたvon Braun反応を用いて行う。すなわち、シアン化臭素(BrCN)でメチル基をニトリル基に置換し、酸で加水分解、脱炭酸して2級アミンとする。このようにして得た2級アミンをアリル化して、ナロキソンを合成する。ナロキソンはモルヒネ類縁のオピオイド薬物の創製研究の過程で偶然発見されたもので、モルヒネ拮抗作用というユニークな活性がオピオイド受容体の基礎研究の展開に大きく役立ったのである(→モルヒネの鎮痛作用とモルヒネ類縁合成鎮痛薬を参照)。モルヒネはアヘンにおいて含有率がもっとも高い成分であるが、感冒薬に鎮咳薬として配合されるジヒドロコデインはモルヒネから2行程、すなわちフェノール性水酸基をメチル化、次いで接触還元によるオレフィンの還元で調製される。有機化学的にはいずれも簡単な反応であるが、このうち前者の反応、すなわちメチル化は産業ベースで行うにはそれほど簡単な反応ではなく、その遂行にはフェニルトリメチルアンモニウム塩という実験室ではあまり用いない試薬を用いる。これもモルヒネの構造決定研究、化学変換反応の研究において見出されたもので、前述のvon Braun反応などとともにモルヒネの化学が有機化学の進歩に大きく貢献したことが理解できるだろう。また、モルヒネから調製されるコデインを経由してオキシコドン、ナロキソンも合成することができる。
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