そんな若い作曲家に目を付けたのがジャズの巨匠ポール・ホワイトマンでした。ホワイトマンは歴史上始めてジャズを一般的に認知させたことで高名な超一流のジャズマンです。ホワイトマンはかねがねジャズとクラシック音楽のクロスオーバー化を考えていたようで、そんな事から「ジャズ風のピアノ協奏曲」を委嘱するのです。
ところが問題がありました。ガーシュウィンはアカデミックな音楽教育を受けたことが無く、自分で弾く事の出来るピアノ以外の楽器の知識が乏しかったのです。そんな若い新進作曲家の窮地を救ったのがファーデ・グローフェと言う作曲家です。
グローフェは「大峡谷」「ミシシッピ」と言った管弦楽組曲で知られる人ですが、当時はホワイトマン楽団の専属アレンジャーとして活躍していました。そこでどうも御大ホワイトマンに「おい、若いもんを助けてやれや」となってバンドパートの方を担当してあげることになるのです。今では冒頭のクラリネットの上行のグリッサンドが有名なオーケストラ版が広く演奏されていますが、この管弦楽パートもグローフェが書きました。
そう、この曲の代名詞的なあのクラリネットのグリッサンドはグローフェのアイディアだったのです。
その後この曲は全世界で親しまれ演奏されています。彼の死後50年間遺族にもたっぷり著作権料が入ったであろう事を思うと、ガーシュウィンはグローフェに感謝しないといけません。幸運な巡り会いの一つと言えましょうか。
ちなみに曲名の「ブルー」とはブルースの語源となった「憂鬱な」「陰気な」を意味するものであると同時に、ジャズで言う”ブルーノート”の事です。 |